両 人 ヤゝ、コリヤ何故の切腹なるぞ
志 摩 斯く某が切腹は、其許方への申訳、最前召捕の方々が、当家へ向
ふと知らせし者あり、密かに彼等三人をば、河内大和を山越しに泉
州路へ落しやりしは、伯父の情け、此度のお触れには、若しかくま
いし者あらば、従類迄もたやすとは、兼て承知の仕れど、遁るゝだ
けはと只今の虚言、只此上のお願ひには、拙者が切腹におめんじあ
つて、彼等三人の者共をお願ひ申、御両所様
又兵衛 流石は大塩が伯父程あつて、健気の切腹、出かされたり、逆賊に
縁者なれば、とても遁れぬ汝が一命
佐左衛門 コリヤ迚も遁れぬ大塩が妻子の者共、我々が手へ召捕らば、助
命の義は刀にかけても願ふてくれる、シテ落しやりしは何時の事
志 摩 ハアヽ、有難き其お詞、彼等を落せしは先刻の事
又兵衛 シテ彼等が行道筋は
志 摩 九番村下島の裏手より、川を越へて河内の方へ
又兵衛 ヲヽ能く白状致した、コリヤ妻子の奴原、跡からやる冥途の道
で待ておれ
又兵衛 ヤヽスリヤ情らしくいふたのは
佐左衛門 白状させん謀事だ
志 摩 ヤアたばかられたか、口惜い
佐左衛門 イザ追附かん、お越し被成れ
又兵衛 者共続け
〔ト 向ふへ走り這入る、杢兵衛はうろ/\して下手へ逃げて這入る、
志摩思入あつて懐ろより猫の死だのを出し、につたり笑ふ、上手白絹
を引ちぎり、平八郎、出て向ふを見込む
志 摩 平八郎
平八郎 伯父者人
志 摩 まんまと首尾よう
平八郎 アコレ、油断大敵
志 摩 伊丹へ落した親子の者、河内大和と偽りしを
平八郎 誠と心得、うつけ者
志 摩 シテ其方の所存は如何に
平八郎 暫し摂州に足を留め、折を見合はせ大内家へ落行所存
志 摩 遖れ手段
〔ト 平八、花道際へ行く、杢兵衛、上手より出て
杢兵衛 正しく大塩
〔ト 志摩、神前の刀にてボント切る
平八郎 伯父者人、まだ手の内は
志 摩 くるはぬのう
平八郎 お左らば
〔ト 一寸辞儀する、志摩は刀をちぎりし白絹に当てる、木の頭、向ふ
より捕手四人走り来り
四 人 御上意
〔ト 平八郎、白眼と捕手、屏風折になる、キザミにて幕
〔ト 幕外にて平八郎、しづ/\行くと、捕手、跡ずさりに向ふへ這入
る
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