〔ト 向ふより与三郎出て来り
与三郎 五郎兵衛殿はまだ帰らぬか
久 七 オヽ是は旦那様、マアお這入り被下升せ、お家様、お年寄様が
お出被成升た
〔ト 奥よりお常出来り
お 常 是はお年寄さま、今日は御病気と承り升たが、ちつと宜しう厶り
升るか
与三郎 さいのう、持病の疝気で、今日は御番所へは忰を名代にやり升た
が、今に戻つて来ぬ故、爰の内迄尋ねに来升たが、五郎兵衛殿もま
だじやな
お 常 主しもまだで厶り升るは、何ぞ気がゝりな事では厶り升せぬかい
なア
与三郎 イヤ、外の事でもないが、お尋者の大塩殿を、此阿波座辺にかく
まふて置く者があるとあつて、厳しい御詮議、五郎兵衛殿は大塩に
廻り縁とやら、夫で大方問合はせが、厳しいのであらうが、若しや
かくまふてある様な事はあるまいの
お 常 ホヽヽヽ、お年寄様の滅相な事おつしやり升せ、此様に詮議の厳
しい科人を誰がかくまふて置升せう
与三郎 夫聞て落附き升た
〔ト 向ふよりあるき附て五郎兵衛出て来り
あるき お帰りで厶り升る
お 常 ヲヽ良人、お帰りで厶り升るか
久 七 旦那様、お帰り被成升て厶り升るか
五郎兵衛 ヲヽ、やう/\今になつた
与三郎 五郎兵衛殿、待て居た、ヲヽ権七、忰はどうしたの
あるき ヘイ、若旦那様はお内の門でお別申升て、五郎兵衛様を送つて参
り升て厶り升る
与三郎 ヲヽさうか、御苦労/\
あるき 左様なればお暇申升る
五郎兵衛 こりや太義で厶り升たなア
〔ト あるき、橋掛りへ這入る
与三郎 時に五郎兵衛殿、御番所の様子はどうで厶つた
五郎兵衛 御存じの通り、私が大塩様へお出入を致しており升たる事故、
かくまふては居やせぬかと念を入れての問合はせも、覚へのない事
なれば、事なう済で帰り升て厶り升る
与三郎 夫はマア/\能う厶つた、然し五郎兵衛殿、こなたの弟の三平殿
は、大塩の所に奉公して居たではなかつたかの
五郎兵衛 ヘイ、弟めは大塩様に御奉公致しており升たが、身持の悪るさ
に跡々の月お暇が出て、今では此大坂にはおり升せず、此様な事に
なると、身持の悪いがもつけの幸ひで厶り升る、ハヽヽヽ○イヤ久
七や、今日は、仕事師から染方の衆にも休ませて、遊ばしにやつた
のがよいわいのう
久 七 そりや有難う厶り升る
五郎兵衛 女房共、有合せの物で、一燗、旦那様へ上けてたも
お 常 アイ/\
与三郎 アヽコレ/\、そんな心配はよしにして下され
お 常 イエ、ツイ有合せで厶り升るわいな、ドレお燗を仕て来升せうか
久 七 私は皆の衆を休し升せう
〔ト 両人奥へ入る
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