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与三郎 イヤ何、五郎兵衛殿、内証で聞度い事のあるが、本間の事をいふ
て下さらぬか
五郎兵衛 お年寄様の改まつたお詞、いふてくれとはそりや何を
与三郎 外の事ではない、大塩の有家
五郎兵衛 エ
与三郎 ハテ、爰の内にかくまふてある事は、おりや能く知つて居る、す
つぱりといふて下さらぬか
五郎兵衛 ハヽヽヽ、私の内に大塩殿をかくまふてあるかないかは、私の
詞の濁りでも知れさうなもの、最前信野町の会所にて、当時智者の
聞へある内山彦次郎様が其儘お帰し被成たが、かくまはぬといふ慥
かな証拠で厶り升るわいなア
与三郎 さういへば尤らしいが、どうやら爰らあたりが怪しい様な
五郎兵衛 イヤ是程潔白な事を、怪しいといはつしやるからは、是非がな
い、如何にも大塩殿をかくまい升た
与三郎 ヤア
五郎兵衛 サア、此五郎兵衛がかくまふて居たを、町内のたばねをするお
前の知らなんだは、役の落度、お咎めは同じ牢舎、サア連立て会所
へ参り升せう
与三郎 アヽ五郎兵衛殿、そりや余り短気といふものじや、何のこなたに
そんな事があつてよいものか、一寸心を探つて見たのじや、モウ疑
ひは晴れ升た、祝ひ事は又明日よはばれに来升せう、モウお暇申○
〔ト うろたへて門口へ出て
与三郎 遽た奴じや、気を附けさらせ
浄るり とつかはとして駈り行く、跡には一人五郎兵衛が思案にくれて、
居たりしが、
五郎兵衛 親から御恩の大塩様、かくまひおゝせて又お身に、花咲春をと
思ふたが、今日の会所の様子では、一思案せにはならぬわい
浄るり 諸手を組で思案の所へ、窺ひ来る高橋が
佐左衛門 そりや
捕 手 御上意
五郎兵衛 こりや何と被成升る
佐左衛門 ヤア、何とするとは横道者、大塩平八郎をかくまひ置く事注進
あつて慥に聞く、縄かけて渡せばよし、異議に及はば家捜しせうか
五郎兵衛 ハヽヽヽ、こりやお門違ひ被成升たな、馴染好身もない大塩殿、
何のかくまひ升うぞ
佐左衛門 ヤア、憎い素町人め、そやつめ召捕れ
捕手一 ハアヽ
浄るり 畏つたと両方より、しつかと組を振払ひ、右と左りへづでんどう、
どつこいさうはと、後ろよりかいながら、みにむづと組シヤ、面倒
なと投出す烈しき手並に、組子共暫し躊躇、有様に高橋は気をいら
ち
佐左衛門 御上意承けたる我々に、手向ひ致す素町人め、目に物見せん
浄るり と詰め寄る、こなたに声あつて
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「大塩噂聞書」
(摘要)
厶(ござ)り
遽(あわて)た
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