お 松 現在娘のお主様を科人に落しても、金が欲しさの此訴人、罸が当
つてお前は牢舎、ひよんな事して下さんしたなア
彦次郎 早く参れ
佐左衛門 エヽ忌々しい○科人立い
捕 手 立う
孫 助 何の事じや
浄るり 大音にむしやくしや腹の立儘に、家来引連れ急ぎ行く、跡打見や
り、五郎兵衛が両手を突て傍へ寄り
五郎兵衛 手詰の難義をお救ひ下され升た大恩、ヘイ/\有難う厶り升る
彦次郎 某に一礼申は、扨は其方平八郎をかくまいおるか
五郎兵衛 エ
彦次郎 イヤ何、五郎兵衛、其方に頼み度義があるが、何と頼まれてはく
れまいか
五郎兵衛 何が御恩の貴君様のお頼み、身に叶ひ升る事ならば
彦次郎 頼みと申は、則是に
浄るり 懐中より取出したる小紋の下絵、五郎兵衛、取て打詠
五郎兵衛 ハテ、コリヤ是更紗の小紋の下絵の彩色入り、一枚は杜若、コ
リヤ是白菊、今一枚は糸桜
彦次郎 三枚三色に変りし小紋、汝が手際ですつぱりと形界の出来ぬ様染
上げてはくれまいか
五郎兵衛 お心あり気な御注文、三色変りし小紋の染は○アヽ扨はみがり
彦次郎 イヤ身が心に入る様に
五郎兵衛 染上るは私が胸に
彦次郎 暫しは奥を無心の内に
五郎兵衛 心得升た
彦次郎 五郎兵衛、案内
五郎兵衛 サア、斯うお越し被成升せう
浄るり いはぬ色なる染摸様、胸に納めて五郎兵衛が、案内に連れて彦次
郎、奥の間さして入にける
〔ト 奥にて
お 駒 サア、ちつと来てたもひのう
〔ト お駒、久七の手を引出る
久 七 申々、お駒様、そりや何を被成升る、あんまり阿房に仕て被下升
るな
お 駒 これいのう、私が何で阿房に仕たぞいのう
久 七 ようそんな事がいはれる事じやなア、知るまいと思ふてお出被升
せうが、お前様はアノ白子屋の与三郎様の所へ嫁入りを被成るげな、
夫は/\お目出度い、其方とは女夫になつてくらすなぞと欺まして
からに、アノ爰なお好様めが
お 駒 私しや何にも知りもせぬのに、誰に其様な事を聞きやつて、又私
を泣かすのかいのう
久 七 ハイ/\、御勝手にお泣き被成升せ
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