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鹿 蔵 矢ツ張り爰の女の一條、あのお菊はどうあつても、おれが女房に
貰ふ程に、さう思ふて貰はうかい
吉五郎 其事なればならねへのだ
鹿 蔵 うんなら爰で二人の
吉五郎 力較らべが
両 人 互の運づく○サア/\/\
鹿 蔵 寧そ斯うして
吉五郎 エゝ面倒な
浄るり 振切る手先かいつかみ、すつくと立つたる二人が有様、挑み争ふ
龍虎の勢ひ
〔ト 色々あつて鹿蔵尻餅を搗いて
鹿 蔵 待て/\
〔ト 切戸の柱を引抜き、投てやると、吉五郎受る、又一本抜て、是に
て色々立廻あつて、鹿蔵の柱を叩落し
吉五郎 寧その事に
〔ト 息込むを
鹿 蔵 待てくれ/\○とほうもない力じやなア、モウ誤たが、何と今か
らこなさんの仲間にして下んせぬか
吉五郎 何、仲間とは
鹿 蔵 ハテ、いはずと知れたくら商売、何も隠す事はない、昼は馬追、
夜るはよつぴと働らいたら、こなたの片腕にもなる男、どうぞ仲間
にして貰ひたい
吉五郎 面白い、さう心が極つたら、先から先は兄弟同様
鹿 蔵 互ひに危い場に臨めば
吉五郎 命を限り救ふのがおれの仲間の、是が掟
鹿 蔵 さうしてこなたの名は何と
吉五郎 此居廻りの国々を仕事場にする、幻の吉五郎といふ野郎よ
鹿 蔵 そんなら兼々噂に聞た幻どんとは、こなたであつたか
〔ト 奥よりお慶出掛け、聞て居て
お 慶 其名前を聞からは、今こそ嫁入らす妹お菊、サア受取て下さんせ
〔ト 帛紗包を渡す、吉五郎聞き見て
吉五郎 ヤヽ是こそ望みの家の系図○此一巻を所持するからは
お 慶 こなたの姉じやわいのう
吉五郎 ヤヽヽヽ○
浄るり 驚く内に持たる懐剣、喉へぐつと突立れば
吉五郎 ヤヽ、何故あつて
両 人 此生害
お 慶 此身の自害は、鹿蔵殿へ嫁入らす妹
鹿 蔵 何といはつしやる
お 慶 此中から私の内へ妹にかこ附け厶るのは、何ぞ望が有ての事、今
日といふ今日、合点がいた、若しや弟を私の内にかくまふてあらう
かと、探らん為の心であらう、サア、さう見た故の此自害、是をお
前の功にして、此場は此儘見遁がして
鹿 蔵 驚入つたる姉御の眼力、如何にも拙者は吉五郎が実否を糺さんと
入込しが、今こなたがせつなる最期、まつた吉五郎が力を試し、一
旦手下に組せしならば、何しに今更変ぜんや
吉五郎 其心底を見る上は、是より浪華へ赴かん
鹿 蔵 おれは其儘馬追にて、別れ/\に何角の手つがひ
お 慶 妹は縁切り、兼て訳ある同村の五郎作へ嫁入したれば、あれが身
の上気使ひない、アヽモウ目が見へぬ、左らば/\
浄るり 床しい父母、恋しい夫、長い未来で逢見んと、いふが此世の断末
魔
両 人 南無阿弥陀仏
〔ト 五郎作、八八出て
五郎作、八 八 様子は聞た注進する
〔ト 行かけるを引戻す、お慶落入る
鹿 蔵 こいつ等二人は姉御の追善
吉五郎 生けて返へすな
鹿 蔵 合点だ
〔ト 鹿蔵、五郎作を締上げ、吉五郎、八八を切る、是を早い太鼓にな
り
吉五郎 ふけれ
鹿 蔵 ヲヽイ
〔ト 五郎作を投げる吉五郎、刀を拭が木の頭、両人宜しく浅黄幕を冠
せる返し
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「大塩噂聞書」
(摘要)
寧(いつ)そ
厶(ござ)る
木の頭
(きのかしら)
幕切れの台詞や
動作のきまりに
合わせて打つ拍
子木の最初の音
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