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造物 通りの二重、山の蹴込み、後ろの山の遠見、真中に大きなる松
の木、松の釣枝、所々に松、杉の台実木、都て黒闇山の体、
二重に矩之丞、焚火して居る、上手に吉五郎、下手に鹿蔵、焚火に当
り居る、本釣山颪相方にて道具納る
〔ト 雁二羽、空に飛で居る
矩之丞 大空を何れ目当に雁金の
吉五郎 月は隠れて、爰は名に負ふ黒闇峠を横切て
鹿 蔵 雲井遥かに二人連れ、何と小憎ひ事でごんすのう
矩之丞 ハヽヽヽ、ハテ馬士殿がわつけもない、都て鳥類と申者は、一羽
の時は憂をば遁れん為に鋭く飛行し、二羽にて飛行致すは、身のゆ
たかなる時なれば、羽風も柔和に飛行の有様、何とさうでは厶らぬ
か
吉五郎 成程お武家のおつしやる通り、総別雁といふ者は、列らを乱さず、
飛行する故野に伏勢ある時は、帰雁列を乱すとやら、夫に見れは、
夜る夜中、どんな伏勢あらうも知れぬに斯る山路を飛行するとは不
了簡
鹿 蔵 仮令修業をさつしやるこなた様でも、大勢に囲まれては何として
/\
矩之丞 ハヽヽヽ、仮令人数を以て囲む共、一心だに望むる時は、幾万人
たりとも取るに足らず
吉五郎 若し飛道具で覘ふ時には
矩之丞 水光月の口伝の堅め、何屈することあらん
鹿 蔵 ハテ大丈夫な魂ひじやなア
吉五郎 然し夫程武芸の道を心得し、貴君が何で斯く浪人はして厶るぞ
矩之丞 日本広しと雖ども、某が主人と頼む人が厶らぬ
吉五郎 何と
矩之丞 西国は申に及ばず、中国を修行致せど、主人がなき故、東国へ罷
らんと参りし所、音に聞たる黒闇山、山盗夜盗が参るであらうと心
得を致しおれど、妖怪だに面出し致さぬは近頃残念に存じ升る、ハ
ヽヽヽ
吉五郎 成程お武家の魂は違つたもの○然し話しに実が入つて、思はず
長居をいたし升た
鹿 蔵 おれも長居を仕てのけた、ドレ問屋場で馬でも引き、内へいなう
か
矩之丞 然らばお帰りで厶るかな
両 人 大きに長居を致し升た
〔ト 上下より捕手二人窺出て
二 人 捕つた
〔ト 掛るを両人引附け
吉五郎 話しをすれば影とやら
鹿 蔵 飛だ所に伏勢めが
矩之丞 是ぞ所謂油断大敵
吉五郎 左様なれば御浪人
矩之丞 御縁があれば又重ねて
両 人 寛りお目に
捕 手 何を
〔ト 掛るを吉五郎は抜打に切返し、鹿蔵は投退ける、是を双方木の頭
三 人 かゝり升せう
〔ト 三人引張り、宜しく幕
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「大塩噂聞書」
(摘要)
颪
(おろし)
厶(ござ)らぬ
総別
だいたい、万事
木の頭
(きのかしら)
幕切れの台詞や
動作のきまりに
合わせて打つ拍
子木の最初の音
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