評定所の吟味
賞賜
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大塩一党の吟味は是歳六月七日を以て幕府より評定所一座へ命ぜ
られた、評定所は矢部左近将監より平山助次郎を請取り、大阪町
奉行所にて一応取糺の上仮口書を為したる吉見九郎右衛門・竹上
万太郎・大井正一郎・大西与五郎・美吉屋五郎兵衛・同人女房つ
ね以上六人其後安田図書・吉見英太郎・河合八十次郎を召還す、
評定所吟味書に九郎右衛門外九名とあり、を呼下し、又西村七右
衛門事利三郎に伴ひし海会寺所化剛嶽を大草安房守より請取り、
利三郎の葬式に与りし願人冷月浅草寺中遍照院の所化真成房堯周
二人をも呼出し、七月十六日第一回の審問を開き、引継いて取調
に従事し、其大要を得たが、何分連累者も多数故大阪へ吏員を派
出し、双方にて吟味を加ふるに決し、御勘定評定所留役山本新十
郎支配勘定所留役助白石十太夫に評定所書役を添へて大阪に遣し、
又助次郎密訴後平八郎挙兵の手続・捕方人数の派遣・党員捕縛等
の取計振については、江戸より大阪町奉行に問合すこととし、着
々歩を進め、翌年閏四月八日を以て幕府に罪案を上申することと
なつた、然るに大塩弓太郎以下主領株の子息にして十五歳未満の
者の擬律に関し、意見の相違あり、漸く八月二十一日を以て裁決
申渡となり、城代土井大炊頭以下の賞与も亦同日を以て発表せら
れた。
先づ賞与の方から述べると、大炊頭は賊徒乱暴の節阪城内外の警
衛、其他万端の差図宜しきを得たりとして美濃国兼定の御刀を、
定番遠藤但馬守は町奉行に加勢として配下の者に畑佐秋之助を添
へて差遣し、徒党討平に大功を奏したるは、平常の心掛宜敷儀な
りとして御鞍鐙を賜はり、但馬守公用人畑佐秋之助は身命を拠ち、
諸勢を励したる功抜群なりとして銀弐拾枚時服二領を賜り、玉造
口与力坂本鉉之助は敵の大砲方を討取り、余党を潰乱せしめたる
こと抜群の功なりとし、新に大阪御鉄炮方に命じ、席順は御目見
以上の末席とし、別に銀百枚分捕砲一門を、同本多為助は御譜代
席に進められ、別に金五拾両を、王造口同心山崎弥四郎は御譜代
格に進められ、別に金三拾両を、糟谷助蔵は上下格に進められ、
別に金弐拾両を、又三町人の一人なる尼崎又右衛門は火急の用向
にて城代定番間を往復したる賞として銀拾枚時服二領を賜り、代
官根本善左衛門・同池田岩之丞・松平甲斐守並に青山因幡守は出
兵防禦の功により、又松平和泉守は一件吟味取調の功により褒詞、
評定所の取調に与りし御勘定吟味役中野又兵衛は巻物五、評定所
留役御勘定組頭豊田藤之進は銀拾枚、御勘定評定所留役宮寺五郎
治は同七枚、同山本新十郎は同弐枚、支配勘定評定所留役助白石
十太夫ハ金拾五両、評定所書物方宮田八右衛門は銀参枚を賞賜せ
られた。
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大塩一党の吟味は是歳六月七日を以て幕府より評定所一座へ命
ぜられた。評定所は矢部駿河守から平山助治郎を請取り、大阪町
奉行所にて一応取糺の上仮口書を作つた吉見九郎右衛門・竹上万
太郎・大井正一郎・大西与五郎・美吉屋五郎兵衛・同人女房つね
以上六人その後安田図書・吉見英太郎・河合八十次郎を召還すを
呼下し 又西村七右衛門事利三郎に同伴した海会寺所化剛嶽を江
戸町奉行大草安房守から請取り、利三郎の葬式に与つた願人冷月、
浅草寺中遍照院の所化真成房堯周二人をも呼出し、七月十六日第
一回の審問を開き、引続いて取調に従事したが、何分関係者も多
数あることとて吏員を大阪へ派出し、双方にて吟味を加ふるに決
し、御勘定評定所留役山本新十郎支配勘定所留役助白石十太夫に
評定所書役を添へて大阪に遣はし、また助次郎密訴後平八郎挙兵
の手続・捕方人数の派遣・党員捕縛等の取計振については、江戸
より大阪町奉行に問合すこととし、着々歩を進め、翌九年閏四月
八日を以て幕府に罪案を上申するに至つた。然るに大塩弓太郎以
下主領株の子息で十五歳未満の者の擬律に関し、意見の相違あり、
漸く八月二十一日を以て裁決申渡となり、城代土井大炊頭以下の
賞与も亦同日を以て発表せられた。
先づ賞与の方から述べると、大炊頭は徒党の者共乱暴の節阪城
内外の警衛、その他万端の差図宜しきを得たりとして将軍手づか
ら美濃国兼定の御刀を下され、定番遠藤但馬守は町奉行に加勢と
して配下の者に畑佐秋之助を添へて差遣はし、徒党討平に大功を
奏したは、平常の心掛宜敷儀なりとして御鞍鐙を賜はり、但馬守
公用人畑佐秋之助は身命を拠ち、諸勢を励したる功抜群なりとし
て銀弐拾枚時服二領を、玉造口与力坂本鉉之助は敵の大砲方を討
取り、余党を潰乱せしめたること抜群の功なりとし、新に大阪御
鉄炮方に命じ、席順は御目見以上の末席とし、別に銀百枚分捕砲
一門を、同本多為助は御譜代席に進められ、別に金五拾両を、王
造口同心山崎弥四郎は御譜代格に進められ、別に金三拾両を、糟
谷助蔵は上下格に進められ、別に金弐拾両を、又三町人の一人な
る尼崎又右衛門は火急の用向にて城代定番間を往復したる賞とし
て銀拾枚時服二領を賜はり、代官根本善左衛門・同池田岩之丞・
松平甲斐守並に青山因幡守は出兵防禦の功により褒詞を賜つた。
以上はいづれも大塩一件鎮定側に立つた人々の賞賜であるが、吟
味取調の方では松平和泉守は褒詞、御勘定吟味役中野又兵衛は巻
物五、評定所留役御勘定組頭豊田藤之進は銀拾枚、御勘定評定所
留役宮寺五郎治は同七枚、同山本新十郎は同弐枚、支配勘定評定
所留役助白石十太夫は金拾五両、評定所書物方宮田八右衛門は銀
参枚を賞賜せられた。
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