乍 恐
公儀御一大事之儀奉急訴候
東組同心
吉見九郎右衛門
近来天変地変打続、民心不安候付、私晩学之師と相頼候東組与力
大塩格之助父隠退に而、儒業罷在候大塩平八郎儀、忰格之助丁打
稽古其外余事に托、旧冬 火薬拵致居候処、実は世を憂候心難堪
候付、孔孟之徳もなく湯武之勢位無之候得共、民を吊候大義を唱
可申と、恐多も不顧
公儀を奉驚、王道に帰し候様いたし度旨、門人之内同組与力瀬田
済之助・小泉淵次郎、同心之内渡辺良左衛門・河合郷左衛門・近
藤梶五郎・平山助次郎・庄司義左衛門・私並河州守口村質屋白井
幸右衛門・同州般若寺村橋本忠兵衛等え追々に密談いたし、同志
に申勧候付、私は勿論誰迚も驚天恐怖不致もの無之趣、元来平八
郎儀、気分高く剛陽勝れ候性質に付、平生門人教方厳敷、長幼之
無差別折々大杖に而打擲いたし候得共、意念之不正を懲候に付、
過悪を改善に遷候様相成、師弟之交誠実を尽候付、皆恩に感し恭
敬厚くいたし候故、申聞候儀了簡に違候儀有之候而も、一言之論
談いたし候ものも無之、素右密談請候者共、学術未熟無術之者
共に而、私儀は殊更以弁候道を不知候付答方無之、誠に大膽成存
付と怖敷存候処、漢高租明太等之功業抔を解得為致候故、実心不
同意勿論、右様之儀仮令学力有之候共、隠退之与力に而出来可申
様無之儀に付、其場を飾尤之様言葉を合申答、其余之者共も大体
同様に相聞候処、全人を様候ため之候虚言にも無之、火薬分外に
拵、弥密談に力を入候付、猶々恐怖之念弥増に相成、答方畏縮い
(激カ)
たし候者は身分を賎しめ辱しめ、悪言大杖等を以為檄、右に而外
をも懲、強制いたし候付、弥以一言半句も不為申様相成、皆々致
歎息候得共致方無之、無拠同意致苦心候儀に御座候、尤民を吊候
儀は鉅橋鹿台の粟を民に被与候遺意に候迚、大坂市中の豪家町人
とも利倍を以貯置候金銀銭、並大名方蔵屋敷有米を与候間、何時
成共市中に出火承候ハゝ、貧民馳付可申。右米金配当いたし可遣
旨之檄文を作、摂河泉播え相廻し候積、遺意に違候儀も難申、何
共嘆敷次第に而、私身分は賤敷御奉公いたし候得共、先祖恐多
も
君上之御恩沢を以父母・妻子を育、何無不足相勤候段、誠以冥加
至極難有仕合奉存候付、右体の企実心決而同意不仕、無勿体儀に
付、何卒相避申度存、不快差支に托、成丈平八郎方え不罷越様い
たし、漸迎年三日過寒邪之上、宿疾発動、労後出勤も難仕、併却
而幸に相成、旁以病気養生引込之御届申上候付、不携様相成候得
共、何卒右企為相止度、良左衛門並其余之ものえ諌方之儀度々及
内談候処、いつれも尤同意に候得共、中々以一朝一夕之事に而は
難参、良左衛門郷左衛門等風諌いたし候得共止ル気色無之、却
而憤り候故口を閉候様ミ次第候、 此上は誠実を尽、自分と心付
相止候様致度旨良左衛門申聞、其余之者共は風諌所出来不申、既
郷左衛門儀は避候心得に候哉、不計家出致候仕儀に有之、全内変
に付急度心付、天を恐相止可申所、様子相探候得は頓著不致趣に
付、猶又良左衛門え面会之上、私儀兼而多病之義は平八郎能存知
罷在候儀、其上当時病症労疫之上、疝痛痔痛一時に相発、心気労
弥増候に付、中々以密事之一條難出来候間、自殺を以相断候外無
之旨追而及内談候処、色々申宥、左候ハゝ外申談取計方可有之哉、
折角相察し居候段申聞罷帰候処、右之趣平八郎及承候ハゝ心付、
相止候儀にも至可申哉と存居候処、一両日相立良左衛門罷越、平
八郎えは私病中に付右一絛過急に発立之積候ハゝ迚も難出来趣申
聞候処、尤之義、左候ハゝ心緩々保養専一之旨申居候間、其心得
を以事発覚之節は早々立退可申旨良左衛門申聞候得共、実は如何
之示合に候哉、同人儀は難遁儀有之哉、同意決心之旨申聞、其余
は無是非相随候事哉、猶私病気寛養之義見廻旁格之助並義左衛門
等を以申越、全私差迫違変之儀有之候而は、御不審に而、一義露
顕を危踏候故之義と相察、又平八郎儀聊無私心を以人を勧、又檄
(帰カ)
文を廻し、且所持之書籍を以施行之儀も民心寄伏之ためと竊相察
(マゝ)
申候、以前に違有間敷、倅え可娶積之養娘を竊に自分妾にいたし、
男子出生仕候に付、殊之外相歓、此上に而弥一義決心之旨私え相
咄し、叱間敷様申聞候、俗人にも相劣候儀不埒の儀、且後栄之望
有之儀顕然に而、最初反謀之企を以人を勧め候ハゝ承知可仕も
の無之儀は勿論之儀に付、無欲天道を以事を謀候様名分を立、愚
(同カ)
昧の者をたふらかし、道志に引入、檄文中殊に明白に認載有之、
実に天下之御為を存候ハゝ、如何様とも自力之及ひ候丈、御忠節
(同カ)
之奉尽方も可有御座哉、誠以て言語道断奉恐入候次第に而、私儀
病気を以相避候得共、一大事之儀不奉言上は
御高恩何以可奉報哉、且不届之罪難遁候儀に付、此段奉内訴候、
右に付第一奉申上候は
御城並両御役所其外組屋敷等迄火攻之謀に付、右に乗市中人家え
火を懸可申、左候ハゝ乱時に而数万之人命に拘り候儀と相成、兼
而御武備も御座候得共、火急に事起候儀も難計、時を考候間中々
御油断難相成、
御歴々様誠に御危難之時節に御座候間、乍恐密々急速御手当之上
御取鎮之御深慮奉願上候、右之趣急キ奉言上度昼夜心を苦罷在候
得共、病悩難堪一向執筆不相叶、山城守様え可申上にも執次可申
談ものも無御座、色々配痛無拠隔所見計、托訴を以及遲々候得共
奉言上候間、其段御赦免可被成下候、尤平八郎儀右体火術用意不
一通候付、御深慮被廻候様奉仰候、其余相随候前書名前之者、是
非御召捕にも相成候ハゝ、私儀も同様御取計可被下候、無左候而
は私密訴之儀相知候而は全卑怯一旦之義理を忘候様相当候も口
惜敷、いつれの道、死は決着仕罷在候得共、私相果候ハゝ御不審
之内火急に事発覚可仕も難計、左候時は大乱に相成、急訴も空敷
次第に付、御召捕迄時に臨自滅可仕も難計御座候間、右寸忠を以
御赦免可被成下候様奉願上候病体も六ケ敷候付、万一御憐愍を以
いつれに御留置、又は御預ケに相成候とも、忽落命に至可申儀必
定之儀に付、此段御憐察之上御許容被成下候様重々奉願上候、将
又至而若年之倅英太郎と申もの、学問為修行先達平八郎方え寄
宿為致置候処、全人質之積に候哉、差帰不申、仕義に寄倅存亡に
拘り候得共、御一大事には難換、万々一幸に落命も不仕候ハゝ、
其余血族之者共一同御仁憐の程奉願上候、何卒右密訴之儀暫御内
含外逹御聞候様被成下、後日之御裁判重々奉願上候、已上、
但西御組与力見習勤内山彦次郎義は兼而平八郎心に合不申由之
処、彦次郎義此頃遠方御用に参候哉之沙汰も承候間、遁し不申
候ハゝ手始に取懸り候儀も難計奉存候間、出立御差延御賢慮被
廻候様奉仰候、
天保八酉年二月 吉見九郎右衛門印
御 城 代 様
御 定 番 様
両 御 頭 様
本書は実録彙編に収むる所を底本とし、向山誠斎を以て校
正せり、吉見九郎右衛門は東組同心にして初め徒党の一人
たりしが、中途変心し、二月十八日夜四ツ時洗心洞塾より
帰宅せる忰英太郎及河合八十次郎をして本書を齎らし、西
町奉行堀伊賀守役宅に赴かしめたり、平八郎が養子格之助
と婚約ありし般若寺村忠兵衛娘みねに通じて弓太郎を挙げ
たるとは本書始めて之を伝へ、是より後徒党の申口にも、
又終には平八郎父子の裁許にも此不倫の記事を見るに至り
しが、坂本鉉之助は其著咬菜秘記に於て之を否定し、九郎
右衛門の言を以て犬の遠吠と為し、駁撃頗る痛切を極めた
り、
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