一死生
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太虚は常住不滅である、人若し私欲に打勝つて太虚に帰すれば、
不生又不滅となり、形骸は滅んでも心は死なない、心の死なない
ことを知れば、百千の危難も敢へて恐るヽに足らぬ、之を天命を
知る者と称し、其生命は天地と無窮を争ふのであるが、常人は徒
に天地の無窮なるを視て吾を暫時のものとなし、血気の壮時に我
慾を恣にして額に年波の寄るを憂ひ、身の死するを恨んで心の死
するを恨まない。「英傑大事に当り、固より禍福生死を忘る、而
して事適々成れば、則ち亦禍福生死に惑ふ、学問精熟の君子に至
りては則ち一なり、生を求めて仁を害すること無し、夫れ生は滅
あり、仁は太虚の徳にして万古不滅のものなり、万古不滅のもの
を舎てゝ、而して滅することあるものを守るは惑へるなり、故に
志士仁人彼を舎てゝ此を取る、誠に理あるかな、常人の知る所に
非ざるなり」との言は、彼が荻野四郎助に与へた書中附録(一五)
の一節と符合する所がある。
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太虚は常住不滅である。人若し私欲に打勝つて太虚に帰すれば、
不生又不滅となり、形骸は滅んでも心は死なない、心の死なない
ことを知れば、百千の危難を敢へて恐るヽに足らぬ。之を天命を
知る者と称し、その生命は天地と無窮を争ふのであるが、常人は
徒に天地の無窮なるを視て、吾を暫時のものとなし、血気の壮時
に我慾を恣にして額に年波の寄るを憂ひ、身の死するを恨んで心
の死するを恨まない。「英傑大事に当り、固より禍福生死を忘る、
而して事適々成れば、則ち亦禍福生死に惑ふ。学問精熟の君子に
至りては則ち一なり、生を求めて仁を害すること無し。夫れ生は
滅あり。仁は太虚の徳にして万古不滅のものなり。万古不滅のも
のを舎てゝ、而して滅することあるものを守るは惑へるなり。故
に志士仁人彼を舎てゝ此を取る、誠に理あるかな。常人の知る所
に非ざるなり」との言は、彼が荻野四郎助に与へた書中附録(四)
の一節と符合する所がある。
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