Я[大塩の乱 資料館]Я
2009.6.24

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「大塩の乱関係論文集」目次


『江戸と大阪』
その66

幸田成友著(1873〜1954)

冨山房 1942 増補版

◇禁転載◇


 第四 江戸大阪間の交通
  一 街 道 (4)
管理人註

箱根関所の 高札 関所手形

 箱根の関所の高札で一番古いのは寛永二年八月付で、それが正 徳元年五月に増補された。その箇條書に、  一、関所を出入る輩、笠頭巾をとらせて可通事。  一、乗物にて出入る輩、戸を開かせて可通事。  一、関より外へ出る女は、具に証文に引合せ可通事。     附、乗物にて出る女は、番所に女を差出して可相改事。  一、手負、死人、並びに不審成るもの、証文なくして不    通事。  一、堂上の人々、諸大名の往来、兼てよりその聞あるは沙汰    に不及、若し不審のことあるに於ては、誰人に依らず    相改むべき事。   右之條々厳密に可相守者也、仍而執達如件。    正徳元年五月 日          奉 行 とあります。文中に証文とあるは関所手形のことで、左の項目に 当るものは必ず関所手形に明記しなければならなかつた。  乗物 何挺  禅尼 貴人の後室姉妹の剃髪したもの  尼 普通の女の剃髪したもの  比丘尼 伊勢上人善光寺上人抔の弟子、貴人の召仕  髪切  小女 当歳より振袖までの間  乱心 男女とも  手負 男女とも  囚人 男女とも  首  男女とも  死骸 男女とも さうしてその手形はどこから出るかといふと、京都へ往く分は御 留守居から出る。武家の女性は必ず手形を要するが、男性も亦必 要である。但し御直参は手形を要せぬ。また町人になると至極簡 単で、大屋・名主・所縁の者の認めた手形でよい。芸人などは何 か芸をやつて見せて芸人たることを証明すれば、それで無事に通 して貰へた。

 


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