| ○大坂騒動 (１６) |
檄文
四海困窮せば天禄永くおゑん、小人に国家を治しめば、災害並至るにて、昔聖人深く天下後世人の君、人の巨たる者を御戒しめ置れ侯故、東照神君にも鱗寡孤独に於て、尤も憐みを加ふべく、是仁政の基と被仰置候、
然るに此二百五十年太平の間、追々上たる人驕奢して驕りを極め、大切の政事にたづさわり候諸役人共、賄賂を公に授受して贈貫いたし、奥向女中の因縁を以、道徳仁義もなき身分にて、立身重き役に経上り、一人一家を潤し候工夫のみに心を運し、其領分知行の百姓共へ、過分の用金申付、是迄諸役の甚敷に苦しむ上に、無体の儀申渡し、追々入用かさみ候故、四海の困窮と相成候に付、人の上を怨ざるものなき様に成行候へども、江戸表より諸国一同右の風儀に落入、天子は足利家以来別て御隠居御同前、賞罰の柄を御失ひに付、下民の怨何方へ告、総して告訴ふる方なきよふに乱れ侯に付、人々悲候気天に通じ、年々地震火災、山も崩れ水も溢れ候より、外色々様々の天災流行、終に五穀の飢饉に相成候、是皆天より深く御戒めの難有御告に候へども、一向上たる人心も附ず、猶小人好邪の輩、大切の政事を執行ひ、多く下を悩し、金米を取立る手段に計相掛、実以小前百姓の難儀を、我等如きもの草の陰より察し悲しみ侯得ども、湯王武王の勢位もなく、孔子孟子の道徳もなげれば、徒に蟄居いたし候処、此節米価弥高直に相成、大坂の奉行并諸役人共、万物一体の仁を忘れ、得手勝の政道を致し、江戸へ廻米をいたし、天子御在所の京都へは、廻米の世話も致さずのみならず、五升一斗位の米を、買に下り候者共を召捕抔いたし、実に昔し葛伯と云ふ大名、其農人の弁当を持運び候小児を殺し候も同様、言語同断、何れの土地にても、人民は徳川家御支配の者に相違なく所、如斯隔を付候事、全く奉行等の不仁にて、其上勝手儘の触書等を度々差出し、大坂市中遊民計を大切に心得候は、申通り道徳仁義を不存、拙き身柄にて甚以所存ケ間鋪不届の至り、且三都の内大坂金持ども、年来諸大名へ貸附候利足の金銀、并扶持米等莫大に掠め取、未曾有の有福に暮し、町人の身を以て大名の家老用人格に被取用、又自己の田畑新田等を夥敷所持、何の不足なく暮し、此節の天罪を見ながら畏れも不致、餓死の貧人乞食をも敢て不救、其身は膏梁の味とて、結構のものをくらひ、妾宅へ入込、或は揚屋茶屋へ大名の家来を誘引参り、高価の酒を湯水を飲も同様にいたし、此難渋の時節に絹服をまとひ、かはら者を妓女と共に迎ヘ、平常同様に極楽に耽り候は、何等の事に候や、肘王長夜の酒盛せし事、其所の奉行諸役人、手に握候政を以、右の者共を取しめ、下民を救ひ候儀も難出来、日々堂島の米相場計を致し候は禄盗人にて、決して天道聖人の御心に難叶、御救ひなき事に候、
蟄居の我等もはや堪忍難成、湯武の勢孔孟の徳はなけれ共、無拠天下の為と存、血族の禍をおかし、此度有志之者共申合、下民を悩し苦しめ候諸役人共を誅戮いたし候、引続驕に長じ居候大坂市中金持の町人共を、誅戮に及び可申候間、右之者共穴蔵に貯へ置候金銀銭等、諸蔵屋敷内へ隠置候俵米、夫々分散配当致し遣候間、摂河泉播の内、田畑所持不致もの、警へ所持いたし候其取分遣し候間、いつにても、大坂市中騒動発り侯と聞伝へ候はゞ、里数をいとはず一刻も早く、大坂へ駈集り候面々へは、右米金を分遣し可申候、
巨橋麗茎の金米を、下民へ与られる遣意にて、当時飢饉難義を相救ひ遣し、若又其内器量才力有之者には夫々取立、不道の者共を征伐いたし候軍役にも遣ひ可申候、
必一揆蜂起の企とは違ひ、追々年貢諸役に至る迄軽く致し、都て中興神武帝御政道の通り、寛仁大度の取扱にいたし、年来驕奢淫逸の風俗を一ト洗相改、質素に立戻り、四海天恩を難有存、父母妻子を養ひ、生前の地獄を救ひ、死後の極楽成仏を眼前に見せ遣し、尭舜天照皇大神の時代に復し難く共、中興の気象に恢復して立戻り可申候、此書付一々村々ヘ為知度候へども、夥多の事に付、最寄の人家多き大村の神殿へ張置候間、大坂より廻し有之候番人共不知様心掛、早々村々へ相触可申候、万一番人共見付、大坂四ケ所の奸人共へ注進いたし候様子に候はゞ、無遠慮面々申合、番人を不残打殺可申候、若大騒動発り候を承りながら、疑惑いたし駈葉り不申、又は宝を取失ひ候はゞ、皆金持の米金は火中の灰と成、天下の宝を取失ひ可申候間、跡にて必我等を怨み、宝を捨る無道者と陰言を不致様可致候、其ため一同へ触知らせ候、尤是迄地頭村方に、年貢等にかゝわり候諸記録帳面類は、都而引破焼捨可申候、是往々深き慮り右之事にて、人民を困窮致させ不申横に候、乍去此度の一挙、我朝平将門、明智光秀、漢土の劉裕朱全忠の謀反に闕ずと申者も、是非有之道理に候へ共、天下国下を偸盗いたし候欲念より起り候事には更に無之、日月星辰の神鑑有事にて、詰る処は湯武漢高祖明大祖民を弔し君を誅し、天罪を執行候誠心のみにて、若疑敷覚候はゞ、我等の所業終る処を、爾等眼を開て見よ、
但、此書小前の者へは、道場坊主或は医師等より、篤と読聞せ可申候、若庄屋年寄眼前の禍を畏れ、一己に隠し候はゞ、追而急度其罪に可行候、
奉天命致天罪候、
天保八酉年月日 某
摂河泉播村々
庄屋年寄井小前百姓ヘ
上包
天より被下候 村々小前の者共に至る迄 |