覇府時代の
大沈静
羮に懲りて
膾を吹き噎
に因りて食
を廃す
処士と武者
修業
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征韓の役は酣なり、而して太陽は没せり、世界は闇黒となり、星辰は光彩を
放たむとせり、大陰は皎々として早く業已に、東山の上に昇つて、斗牛の間
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を徘徊せり、月の光は星の光を圧せむとす、而して星は業已に光を放つべき
時に逢ふ、是に於て乎、関原の役に於いて一たび衝突し、大坂の役に於いて
再たび衝突せり、而して大陰は勝ち、星辰は敗れたり、是に於いて星辰列宿
は、一つの太陽系統に其の光を失ひ、他の太陽系統に其の光を放たむとせり、
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山田長政は逼羅に雄図を布き、伊達正宗は羅馬に使節を遣はす、而して大陰
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は一躍して大陽と変したり、星辰は凡べて其の光彩を失へり、異才は鬱塞し
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て展ひす社会の地平線下には、龍騰水今や湧出せむとし、噴火口今や破裂せ
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むとす、而かも僅かに其の湧出力と、破裂力との幾分を、海外に泄らすを得
たるか為めに、地平線上には、頼に龍騰の湍上と、噴火の激揚を睹さるを得
たり、社会は破綻なくして畢れり、波瀾も震撼もなくして畢れり、而して元
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和定鼎の時代とはなりにき、戦国時代の大波瀾は、覇府時代の大沈静となり
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畢りぬ、
而かも社会は表面に於いて沈静なるも、裏面に於ては、常に波瀾を生し、波
瀾を生せむとせり、地平線下には龍騰水伏するなり、噴火口蔵まるなり、覇
府政治は社会の破綻を防曷せむが為めに、経営惨憺、頗ふる綿密に法律制度
の鉅網を敷きたり、
此の龍騰水と、噴火口との上に建設せられたる覇府政治の社会は、端なく西
欧の影響の為めに、一たび破綻を示せり、第十七世紀の欧州に於ける、ゼシ
ェエット教徒の雄図たる、海外布教の結果として、東洋の極東に国せる我は、
其の教旨の信者を、侯伯士民の間に扶植せらるゝの猛勢に当るの力なかりき、
而して寛永の島原の乱は起れり、其の年を越へて漸く鎮定に帰したるを睹て
も、如何に其の勢の猖獗なりしかを想像するに於て余あるべし、
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是れ確かに覇府政治に対する一大打撃の価値を有せるものにして、熱羮羮に
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に懲るゝもの往々膾を吹き烈噎に懲るゝもの、時に食を廃す、覇府為政者は、
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此に海外通商を厳禁し、三檣船製造を許さず、膨張せむとせる社会の機運を
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人為的に法制の力を以つて之を収縮せしめたり、社会は全く孤立鎖国の状態
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となり、外に発泄する欠隙を有せる、社会の龍騰水と噴火口は、全然圧抑せ
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られ、封鎖されたり、圧されて鬱塞し、封鎖されて磅 たり、参勤交代と文
学奨励とは、此の鬱塞し、磅 たる社会を慰籍する魔薬剤として、侯伯と士
民とに与へられたり、伊達正宗の如き、前田利家の如き、黒田如水の如き、
渠等は皆な一鼓冲天の を収め、昇平時代の愚と狂とを装ひて、空しく有為
の資を齎らして終れり、而して関原大坂二役以来の失意者たる故老は、今尚
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ほ存在するなり、処士なるもの、武者修業なるものは、戦国時代の遺物とし
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て社会の一現象となれり、而して異才は多く此の種の社会に隠る、而かも世
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は門閥と格式とを以つて、秩序井然亦た驥足を展はすの余地を許さず、収縮
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し、閉鎖せられたる社会は、今や箝制と 束とを以つて上下を分たれ、貴賤
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を別たる、異才自由競争の場は、全く箝制の区 束の■と変したり、是に於
いて箝制と、 束とに耐えさる異才は、疾呼して起たむとす、
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酣
(たけなわ)
物事のまっさ
かり
大陰
暦注の八将神
の一、土星の精
皎々
(こうこう)う
明るく光り輝
くさま
業已
既に
逼羅
シャム
羅馬
ローマ
泄(も)らす
湍上
(だんじょう)
睹(み)さる
畢(おわ)れり
猖獗
(しょうけつ)
猛威をふるう
こと
羮(あつもの)に
懲(こ)りて膾
(なます)を吹き
噎(えつ)に因り
て
檣船
(せんきょう)
帆柱
磅
(ほうはく)
混じり合って
一つになること
渠(かれ)
(かく)
齎(もたら)らし
驥足
(きそく)
箝制
(かんせい)
自由を奪うこと
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文字不明
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