辺疆の
と王覇の
衝突
辺疆防備
と覇王の
弁
|
松平定信は此の三大責務を負ふて起てり、鋭意治を図り、奢侈を矯め、旧竄
を打破し、経済の基を鞏ふし、制度の実を挙げたり、寛政の治大に見るべき
○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
ものありと雖とも、其の革新断行と、紀綱振粛との結果は、却つて門閥と格
○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
式との箝制と 束とを確固たらしめ、社会の地平線下には、依然として龍騰
○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
水伏するなり、噴火口蔵まるなり、伏して未だ発せざるなり、蔵して未だ溢
れざるなり、居然として定信時代の覇府政治は、龍騰水上に、噴火口上に打
建せられ、施設せらるゝなり、
此の危嶮なる打覇府政治々下の社会は、一朝條焉として北疆の に一大打撃
を受けたり、露西亜の船舶は、寛政五年を以つて松前に来れり、北海の濤声
は殷々たり、■々たり、而して林子平は夙に疾呼せり、近藤守重は今や冑倹
○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
せむとす、異才は辺疆の警の為めに、其の胸間万丈の光 を吐かむとせり、
此の外来の刺戟を受けて鼎沸せむとせる社会は、内面に於いて名教思想上、
● ● ● ● ● ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
王覇の衝突を示せり、皇室と幕府とは、事実に於ては両立すけども、道理に
○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
於ては固より両立すべきものにあらず、天に二日なく、一国に二個の主権あ
○ ○ ○ ○ ○
るべからず、是に於いて高山正之は、喝破し、蒲生秀実は叫断せり、而して
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・
此の王覇なる二観念の衝突は、同し寛政五年を以つて。尊号問題に於いて一
・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
大波瀾を生したり、定信は竟に朝議を阻格したり、王覇の衝突は明白に事実
○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
の上に表明せられたり、大内営造に力を用い意を注ぎたる定信其の人も今や
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
王覇の調和を成効する能はずして退きぬ、
定信の遺図を紹きて、業已に矯正されたる弊竄の余臭を除き、業已に振粛さ
れたる紀綱の保持を黽めたる、堀田正敦、松平忠明は、北辺の患の為めに其
の才力の殆むど大部を傾瀉せり。文化以来に於ける、露西亜船の我が北疆に
○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
侵入するもの年として是れなきはなく、当局為政者の痛心苦慮は唯北門の鎖
○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
鑰に向つて注がれたり、定信時代に於ける、紀綱振粛、武備充実の結果は、
文化文政に至りて、益門閥と、格式との箝制と 束との甚だしきを示し、内
政の厳粛の為め異才は外寇防禦に其の眼孔を注ぎ始めたり、而して当局対外
○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
政策の、因循姑息なるを見るや、内政の裏面に於ける名教思想上、王覇の衝
○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
突を捕へ来りて、漸く勤王論の種子を拡布し来れり、頼山陽は日本外史を著
○ ○ ○ ● ● ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
はし、会津伯民は、新論を著はし、異才は王覇を弁ずるに勗るにあらずむば、
○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
則はち必らず辺寇防備を説く、社会地平線下に於ける、龍騰水と噴火口とは、
漸く其の猛勢の幾分を泄らし来れり、
|
矯(た)め
鞏(かた)ふし
■
文字不明
黽(つと)め
勗(つと)む
|