天保の飢饉
極端社会
主義と王
覇衝突
徳川時代
第二回激
龍騰活噴
火
救民の旗
天誅の旆
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而して当時松平定信を擢むてゝ、鋭意治を図りたる将軍家斉は、漸く政に倦
み始めたり、水野忠邦の英果明截を以つてするも、未だ其の抱負を実行する
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の機を得ざりしなり、而して天保の飢歉は経済界の大恐慌を来たせり、社会
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の下層は言ふに忍びざる惨状を呈するに至れり、然かも異才は之を傍観する
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に忍びずと雖ども、亦た之を救済し撫恤するの実力を有せず、彼等は社会の
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下層に屈撓し、雌伏するが故に、其の同情は尤も多く、此等の窮民に向つて
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表せらるゝなり、其の尤も激烈なるものは、竟に極端社会主義たる共産主義
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に類似の説を唱へ、之を実行せむとするものあるに至れり、此の共産主義的
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運動は、特に名教思想上、王覇の衝突に対する、勤皇主義的観念の為めに、
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益其の激動と軒昂との度を高めたり、社会地平線下の龍騰水は激揚せり、噴
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火口は破裂せり、救民の旗幟は浪華の湾頭に樹てられたり、果然として大塩
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平八郎は、此の龍騰水と噴火口との幾分を代表して飛躍せり、而して覇府顛
覆、王政復古の機運は日一日に其の速度を増加して、社会の裏面を進行す、
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大塩平八郎は実に徳川時代に於ける第二回の激龍騰たりしなり、活噴火なり
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しなり、社会を波動したり、震撼したり、而して徳川時代に於ける社会的暗
潮流は、漸く地平線上に、其の波瀾と、震撼とを表出せむとす、
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天驥空に躍らんむとす、躍らすむは必す狂す、蝮蛇人を螫さむとす、螫さす
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むは必す自ら螫す、異才は門閥の箝制と、格式の 束との社会には、空しく
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地平線下に轗軻たり、牢騒たるを免れす、桟豆と槽櫪とは、天驥の志にあら
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さるなり、草沢と厳阿とは、蝮蛇の居にあらさめなり、躍らすむは止まさる
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なり、螫さむは已まさるなり、是に於つて地平線下の龍騰水たり、噴火口た
る異才は、社会地平線の欠隙に乗して、其の猛勢と烈 とを破裂激揚せしめ
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むとするなり、天保の飢饉は竟に大塩平八郎をして、「救民」の大旗と、
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「天誅」の流旆とを樹てしむるに至れり、此の龍騰と、此の噴火、是れ即ち
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元和肇基以来、間断なく社会の裏面に、下層に、流通したる社会的暗潮流の
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一騰ミなりしなり、一波瀾なりしなり、此の騰ミの主動力、此の波瀾の中心
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点たる者か、大坂の処士、大塩中斎其の人なりしとは、覇府歴史に特筆大書
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すべき所たること、因より言を俟たさるなり
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閏秋十一日早起、歩到 水辺 偶看 水辺 。偶看 水揮 賦。
中斎 大塩後素
暁行不 為 伴 閑鴎 。欲 濯 吾纓 来 水頭 。江源昨夜応 須雨。
翻化 清流 為 濁流 。
春暁即事
漏声夜半雨声催。夢裡春愁在 落梅 。暁起推 窓還一快。
松陰苔暈射 檐来。
代 人咏 禁中梅花
上林移植出塵標。千朶傷残暴雨霄。万一佗時不 結 実。
君主何以鼎羹調。
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擢(ぬき)む
飢歉
(きけん)
屈撓
(くっとう)
屈服する
こと
竟(つい)に
名教
儒教
軒昂
(けんこう)
意気が高く
上がるさま
驥(き)
日に千里を走
るほどの名馬
蝮蛇
まむし
螫(さ)さむ
轗軻
(かんか)
思い通り運ば
ず不遇なさま
桟豆
(さんとう)
槽櫪
(そうれき)
馬のかいば
おけ
草沢
(そうたく)
草原と湿地
旆(はい)
旗
大塩中斎
「詩 集」
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