惨状坐視
するに忍
びずなり
ぬ
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惨状坐視するに忍びずなりぬ○蔵書を鬻いて窮民の急を救ふ○同志を団
結す○陰謀泄る○挙兵の議決す○厳正剛直の士独り同せず○羽檄を摂河
泉播に飛ばす○獅子遂に奮進す○富豪の家宅を焼く○救民の幟影は消失
せぬ
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英傑当 事固忘 禍福生死 而事適成則亦或惑 禍福生死 矣。至 学 問 精熟
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君子 則一也。
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志士仁人は身を殺して仁を成す、禍福を問はず、生死を論せず、仁の為めに
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殉し、仁の為めに死す、成敗利鈍は逆しめ睹る所に非らず、事成れば王に帰
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し、成らすむは自ら坐す、天下は危急なり、王と民とは共に窮 に陥り、塗
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炭に苦しむ、利害得失を顧むるの遑なく、鼎 刀鋸を慮るの暇なし、我は但
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た仁の為めに殉せむのみ、仁の為めに死せむのみ、詭激と評するもの、我其
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評に一任せむ、兇暴と筆するもの、我其の筆に一任す、大逆と曰ふも我関せ
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ず、無道と曰ふも我知らず、天に倚るの一釼、空に横はるの一弩、之を抜い
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て紫電一爛、俗官の頭脳を裂かむのみ、之を放つて鷙羽摯掀、懦夫の心腑を
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貫かむのみ、狂に非らず、乱に非らず、我は竟に手を袖にして黙々傍観する
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に忍びざるなり、抜かむかな、放たむかな、竟に発す、
天保の大恐慌は、今や其の極度に達せり、米穀愈乏しくして糶価愈騰貴し、
而して大坂の倉稟は依然として開かれず、悪疫は猖獗にして窮民死に瀕す、
而して浪華の財嚢は居然として鎖ざゝる、八丁酉の歳正月下旬よりは、惨は
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益惨となり、酸鼻の光景、今は目も当てられずなりぬ、平八は最早や見るに
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忍びずなりぬ、
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新衣着得祝 新年 。羹餅味濃易下 咽。忽思城中多 菜色 。
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一身温飽愧 于天 。
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一身温飽愧 于天 。隠者寧無 心 救全 。在郷隣生飜□笑。
黙聴大学卒章篇。
朝陽は瞳々として五雲は抜く、 唱は 々として天地春なり、新に裁したる
春服の翩々たるを着け、屠蘇の杯を挙げて、延寿の酒を傾け、雑煮の椀を捧
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けて、加齢の餅を喫す、方さに是れ天保八酉の元正なり、嗚呼、五穀は登ら
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ずして、餓 路に横り、塗に顛す、 丹 の六龍 班鷺列畏れ多くも菜色に
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こそおはすなれ、如何にして彼の民を塗炭に救はむかな、如何にして我が
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大君の御崎嶇を助け奉らむかな、一念こゝに至れば、手に把る屠蘇も飲み得
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ざるなり、口に哺む雑煮も喰ひ得ざるなり、平八当年の心衷思ひ遣られて、
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同情の涙一掬二掬、血滴々、
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睹(み)る
遑(いとま)
詭激
(きげき)
言動が異常に
過激なこと
摯掀
(しきん)
糶価
(ちょうか)
石崎東国
『大塩平八郎伝』
その63
々
(あくあく)
にわとりの
鳴き声
翩々
(へんぺん)
きらめくさま
崎嶇
(きく)
険しいこと
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