獅子竟に
奮進す
富豪の家
宅を焼く
|
● ● ● ●
平八は一方には当時の秕政を罵倒し、幕吏の非を鳴らし、一方には王畿賑恤
● ● ● ●
窮民救拯の二大眼目を喝破し、以つて天誅の挙の已むを得ざるに出つる所以
○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
を述べたり、而して其の方法として貪婪なる浪華富豪の倉庫を発ばき、之れ
○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
が金穀を道路に積み、以つて集まり来れる窮民の自在に之を取るに一任せむ
○ ○ ○ ○ ○ ○ ・・・・・・・・・ ・・・・・ ・・・・・・ ・・・・
とはするなり、而して陣太鼓は震き、大筒は轟き、烈 天を燬き、剣光閃々、
・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・
集る窮民も何んぞ克く近かむや、近いて之を取るものなし、是に於てか金穀
・・・・・ ・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
山の如きも、亦た何の用あらむ、而して金穀は凡べて焦土余燼と化し畢りぬ、
○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
平八は大に失望したり、而かして檄文は四方に伝へられ摂河泉播村々の神社
○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
仏閣に粘し掲げられたり、
○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
猛士は崛起したり、獅子は奮進したり、雷霆は撃てり、霹靂は発せり、噴火
○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
は迸れり、救民の幟と桐紋の旗とは天満街頭の朝風に翩々として翻かる、而
て真先には天照皇大神宮、八幡大菩薩、湯武両霊王の十六字を書きたる一大
流旆は推し立てられたり、牙旗の下には大将平八、鍬打つたる兜の緒をしめ、
黒地に桐紋の戦袍、采配採つて中軍に扣へたり、先陣は養子格之助、殿は瀬
田済之助、左右翼には摂播河泉江勢より来れる燕趙悲歌の士、大筒の音を相
図に火を放つて進む、行く/\、会するもの総計二百人余、
・・・・・・・ ・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・ ・・・・・
声は轟ろきぬ、火は熾え揚がりぬ、東北の風は方さに急なり、急なる風は
・・・・・・・・・ ・・・・・・・ ・・・・・ ・・・・・ ・・・・
火の手を吹き荒らし、炎々たる火 は、天に渦まき、地に渦まき、雲をば焦
・・・・・・・・ ・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・
かし石をば飛ばし、叫ぶ鬨の声、壊はるゝ太皷の音山海も裂けなむ、河嶽も
・・・・ ・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・
掀りなむ、早や浪華城の一角は、見る/\劫火蕩然の区とは変じたり、渦ま
く煙と焔とに救民の旗は巻き上けられて、早や天神橋まて進みたれども、橋
板は業已に撤せられて渡るを得ざれば、転じて難波橋指して進み行けり、不
意に愕ろき用意さへ整はざる幕兵、こゝに早や身を緊めて来り邀へり、猛士
の一群猛けり振ふ勢には、何かは以つて抗し得む、大筒一発の下に邀撃の兵
は退き散れり、押し寄せ/\今橋筋をば攻め立て焼き立て、筒先揃へ鴻池善
・・・・・・・・・・・・・・・・
右衛門の居宅見掛けて、撃てかゝれり、空に峙ふるばかりの大厦鉅屋轟然一
・ ・・・・ ・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・
発、棟は摧け、柱は裂け、巻き上りたる猛 に渦まかれて、中天より覆る有
・ ・・・・・・・・・・・・・
状、猛士の一群は快哉と叫びたり、続いて三井、岩城の呉服店を焼き払ひ、
平野町に出でて、平野屋鉄五郎の家宅にと火を掛け、淡路町を焼き、討した
・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・ ・・
ればこゝにも火の手八方に起こり、猛然烈風を帯びて荒れ巻く火焔は、一時
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
に浪華の八千余戸を黒煙に付し去り、天を蔽へる焔、地を捲く煙、悽日黯憺
・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・
惨雲幕々悽日為めに焦げ、惨雲為めに爛る、
火先八方に相成、一時に所々大火に成、誠に大騒動申迄も無之、火役火
・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・
消に参り候得共、かの通り鉄炮にて打倒され候故、一人も掛るものなく、
火は燃次第、南御町奉行所 も鉄炮並鎗刀抜身にて持、右くせものを御
召捕に御向候故、是ぞ誠に軍のことゝ市中の周章いはん方なく、皆な/\
近所へ逃走り候者計にて、女子供の泣叫声、目も当てられぬ有状に候
(二月二十日早馬の附状)
|
貪婪
(どんらん)
燬(や)き
崛起
(くっき)
にわかに事が
起こること
雷霆
(らいてい)
かみなり
迸(ほとばし)れり
翩々
(へんへん)
軽やかにひる
がえるさま
殿
(しんがり)
掀(もちあが)り
邀(むか)へり
邀撃
(ようげき)
迎え撃つ
峙(そび)ふる
大厦
(たいか)
大きな家
摧(くだ)け
平野屋鉄五郎
平野屋五兵衛か
「大塩焼け 被害一覧」
南御町奉行所
両御町奉行所か
|