Я[大塩の乱 資料館]Я
2016.2.8

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「大塩の乱関係論文集」目次


『大塩平八郎』 その12

松林白猿 講演

安藤粛太郎速記(英雄文庫 9)萩原新陽館 1901

◇禁転載◇

第三席(2)

管理人註
  

                                然るに茲に大塩先生が話し相手に至極宜しい人が大坂へ参りました、幵は別 人ならず、近藤重蔵守重殿であります、此人は腰に両刀を帯して僅か数人の 伴を連れ、只今の北海道、其頃の蝦夷へ押渡り、露西亜の赤髯を驚ろかして、 日本の武勇を示したといふ豪傑であります、其人物が今度大坂の弓奉行とし て参られまして、どうも其頃近藤の名は三歳の童子と雖ども知らざるはなく といふ程であります、之を聞たる大塩先生、大に喜こびまして、露西亜人を 押へ付けて日本の武威を輝かしたりといふ近藤守重とは如何なる人物なるか、 一見して其風采を知らんと思ひ、或日のこと、平八郎一人近藤の役宅を訪ね ました 「お頼み申す/\」       おやじ 其処へ取次の老爺が出でまして、平八郎を見るより     いで       どなた 「是はお出なさいました、何誰で……」 「拙者は天満川崎に居る大塩平八郎と申す者であるが、近藤氏御在宅ならば   お面にかゝりたい」 「左様でございますか、少々其処にお待ち下され」 と老爺は主人の前へ出でまして 「エゝ申し上ます、只今大塩平八郎と仰しやるお方がお見へになりました」             うち といはれて近藤守重、心の中に、ハテな、彼は当時大坂で有名の学者の与力 を勤めて居るものじやが、何用あつて参つたのか知らん、恐らくは公用では あるまい、彼も人に知られた人物ゆゑ、此近藤の人となりを知らんと欲して 参つたのであらう、好し/\、其儀ならば宜しく彼が人となりの程を試して 見やうと、豪傑といふは一風変つたもので、近藤守重、平八郎を試して遣ろ うと思つて 「左様か然らば其者を客間へ通して置け、只今拙者が面会をいたすから」    かしこ 「ハツ畏こまりました」 と老爺は玄関へ出でゝ 「何ぞ是へお通りを願ひます」 といつて大塩先生を客間へ通しました、大塩は流石は音に聞えた近藤だ、身 分の違う拙者を客間に通すとは妙だ、今に出て参つたら其人物を篤と見て置 う」 と心中に思つて待て居りましたが、中々近藤が出て参りません、何も客人に 長く待たして置く程失礼なことはありませんから、大塩先生、心中に、成程           ほこ        くだ 彼は自分の豪傑たるに衿つて人を眼下に見下し、物の数とも思はぬといふこ         かう とを聞て居たが、斯して長く拙者を待たして置く処ろを見るに、必らずや剛 慢の奴に相違あるまい、左様な豪慢な奴ならモウ面会をいたさんでも其人物 は知ることが出来る。帰らう/\、アゝ我ながら人物を見損なつたと、少し く疳癖の強い短気の大塩先生でありますから、プイと立て今や座敷を出やう             に こ      えみ とする処へ、近藤守重、莞爾やかに笑を含みまして 「ヤツ、之は大塩殿でござるか、拙者はお尋ねの近藤守重でござる、先づ/\ 座に付き給へ」 といはれましたから、平八郎先生も同じく笑を含んで 「左様でござるか、夫は失礼を仕まつりました」 と其処で両人、席定まつて初対面の礼が終ると                                こん 「ヤツ大塩氏、折角お尋ね下されたに依て、何か珍らしき肴を以て一盃献じ 度と思ひましたが、是といふ物もないから有合せの物にいたしました、夫れ 用意の酒肴を之へ」 と声を掛けますと、家来の人々が二三人で酒や台の物を其処へ運び出しまし た、



鬼雄外史
「大塩平八郎


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