Я[大塩の乱 資料館]Я
2016.2.13

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「大塩の乱関係論文集」目次


『大塩平八郎』 その17

松林白猿 講演

安藤粛太郎速記(英雄文庫 9)萩原新陽館 1901

◇禁転載◇

第四席(2)

管理人註
  

毎夜登るといはれまして、大塩先生、考がへました、如何なる大藩の人かは              かゝ        きつかい 知らんが、武士たる者が毎夜斯る場所へ来るとは奇怪至極、大坂には諸藩の 蔵屋敷があるが。其藩士に左様な人はない筈、されば必らずや悪漢に相違あ るまいと、斯う思ひましたから、好い加減にして相方に再会を約して其花形             ふたり              かく 楼を立ち出で、頻りに右の両人の様子を窺がひ居りました、斯とは知らぬ勘 次、作造二人の曲者、今宵が天命の尽る時なりとも知らずいたして、花形楼 を出でましたのが、丁度只今の十二時過、一時にもならんといふ時でござい ます、是から両人で何処かへ這入て仕事をする積りでありますから、早く出                                たのであります、夫が大塩の為めには至極の好都合で、両人の跡を尾けて参       くるわ りましたが、遊廓を出でゝ一丁ばかり参りますと、少し暗ひ処ろがあります、 其処へ参ると両人の後ろで 「曲者待てツ」                  あはて と呼止めました、不意の一声に両人は周章て、アツといつて遁出さんとしま                         いきなり  かゝ したから、大塩先生、全たく曲者なりと思ひまして、突然飛蒐ると、両人の 襟上を掴んで投付けました、     なにやつ 「アツ、何奴なれば我々へ向つて無礼するぞ、大坂西組の一等与力弓削田新 左衛門が手先とは知らざるか」     「何も個もない、悪人と認めたに依て召し捕るのだ、神妙に縄に掛れ」 「ヤア、此奴、何をいふ」        さ      かたな  やみ と両人が腰に挟したる長刀を暗にもキラリと光りを放たせ、大塩先生を一刀                  こちら の下に切て捨てんといたしましたが、此方は名に負ふ一刀流の達人でありま           かは すから、ヒラリと身を変して、一人へ急所の当身、ウーンといつて倒れると、 一人の奴は叶はじと思ひけん、刀を担いで逃出しました、己れ遁してなるも            のかと韋駄天の如くに走せ行て、後ろの方より曲者の小尻を捉へ、タヂ/\          せい と引戻し、エイと一声掛けるが否や、忽まち其処へ投倒したが早いかグル/\ と縄を掛けて了ひました 「夫れ立てツ」 と引立まして、気絶して倒れて居る奴へ活を入れ、ウーンといつて蘇生する             うち と、直ぐに縄を打て自分の宅へ引連れました、其処で庭へ廻して調べに掛り、 あかり  つけ          つく/゛\み 灯火を点て二人の顔を熟々視ますると 「ウム、貴様達は見たことがあると思つて居るが、今を去ること十年余り以               かどわか 前に、天神社内で二人の美人を拐誘さんとしたる曲者だな」 「エヽツ」  さつき 「先刻貴様達は弓削田新左衛門の手先だと申したが、何といつて左様な偽は りを申した」 「イヤ、決して偽はりではございません」 「フ−ム、然らば何年以前から弓削田の手先になつて居る」 「ハイ、十五年以前から……」                          かど 「黙まれ、貴様等両人は十三年以前に天神社内で少女を拐わかさんとしたる 程の曲者、何で弓削田が手先に在て左様な悪事を働らいた、察する処ろ、貴 様達は偽はりを申して、諸所で悪事を働らいて居るに相違あるまい」 「イエ、決して左様なことはござりません」 「然らば、何で手先位ゐの卑しき身分でありながら、大名も及ばぬ其衣服で 毎夜の様に遊里へ入り浸りになつて居らりる、其金銀は何処から出る、真直 に白状をいたさんと痛い目に合せるぞ」 「ヘイ……」 「貴様の名は何といふものだ」 「エヽ、私くしは勘次と申します」 「ウム、貴様は」 「私しは作造と申しやす」 「貴様達は全たく弓削田新左衛門の手先であるか」 「全たくでござります、決して偽はりは申ません、斯うなりますれば迚も逃 れることは出来ませんから、今までの悪事を残らず白状いたします」 「ウム神妙な奴じや」



幸田成友
『大塩平八郎』 
その25


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