毎夜登るといはれまして、大塩先生、考がへました、如何なる大藩の人かは
かゝ きつかい
知らんが、武士たる者が毎夜斯る場所へ来るとは奇怪至極、大坂には諸藩の
蔵屋敷があるが。其藩士に左様な人はない筈、されば必らずや悪漢に相違あ
るまいと、斯う思ひましたから、好い加減にして相方に再会を約して其花形
ふたり かく
楼を立ち出で、頻りに右の両人の様子を窺がひ居りました、斯とは知らぬ勘
次、作造二人の曲者、今宵が天命の尽る時なりとも知らずいたして、花形楼
を出でましたのが、丁度只今の十二時過、一時にもならんといふ時でござい
ます、是から両人で何処かへ這入て仕事をする積りでありますから、早く出
つ
たのであります、夫が大塩の為めには至極の好都合で、両人の跡を尾けて参
くるわ
りましたが、遊廓を出でゝ一丁ばかり参りますと、少し暗ひ処ろがあります、
其処へ参ると両人の後ろで
「曲者待てツ」
あはて
と呼止めました、不意の一声に両人は周章て、アツといつて遁出さんとしま
いきなり かゝ
したから、大塩先生、全たく曲者なりと思ひまして、突然飛蒐ると、両人の
襟上を掴んで投付けました、
なにやつ
「アツ、何奴なれば我々へ向つて無礼するぞ、大坂西組の一等与力弓削田新
左衛門が手先とは知らざるか」
か
「何も個もない、悪人と認めたに依て召し捕るのだ、神妙に縄に掛れ」
「ヤア、此奴、何をいふ」
さ かたな やみ
と両人が腰に挟したる長刀を暗にもキラリと光りを放たせ、大塩先生を一刀
こちら
の下に切て捨てんといたしましたが、此方は名に負ふ一刀流の達人でありま
かは
すから、ヒラリと身を変して、一人へ急所の当身、ウーンといつて倒れると、
一人の奴は叶はじと思ひけん、刀を担いで逃出しました、己れ遁してなるも
は
のかと韋駄天の如くに走せ行て、後ろの方より曲者の小尻を捉へ、タヂ/\
せい
と引戻し、エイと一声掛けるが否や、忽まち其処へ投倒したが早いかグル/\
と縄を掛けて了ひました
「夫れ立てツ」
と引立まして、気絶して倒れて居る奴へ活を入れ、ウーンといつて蘇生する
うち
と、直ぐに縄を打て自分の宅へ引連れました、其処で庭へ廻して調べに掛り、
あかり つけ つく/゛\み
灯火を点て二人の顔を熟々視ますると
「ウム、貴様達は見たことがあると思つて居るが、今を去ること十年余り以
かどわか
前に、天神社内で二人の美人を拐誘さんとしたる曲者だな」
「エヽツ」
さつき
「先刻貴様達は弓削田新左衛門の手先だと申したが、何といつて左様な偽は
りを申した」
「イヤ、決して偽はりではございません」
「フ−ム、然らば何年以前から弓削田の手先になつて居る」
「ハイ、十五年以前から……」
かど
「黙まれ、貴様等両人は十三年以前に天神社内で少女を拐わかさんとしたる
程の曲者、何で弓削田が手先に在て左様な悪事を働らいた、察する処ろ、貴
様達は偽はりを申して、諸所で悪事を働らいて居るに相違あるまい」
「イエ、決して左様なことはござりません」
「然らば、何で手先位ゐの卑しき身分でありながら、大名も及ばぬ其衣服で
毎夜の様に遊里へ入り浸りになつて居らりる、其金銀は何処から出る、真直
に白状をいたさんと痛い目に合せるぞ」
「ヘイ……」
「貴様の名は何といふものだ」
「エヽ、私くしは勘次と申します」
「ウム、貴様は」
「私しは作造と申しやす」
「貴様達は全たく弓削田新左衛門の手先であるか」
「全たくでござります、決して偽はりは申ません、斯うなりますれば迚も逃
れることは出来ませんから、今までの悪事を残らず白状いたします」
「ウム神妙な奴じや」
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