「何じや其通りであるか」
「誠とに恐れ入りましてございます」
「然らば之へ爪印をしろ」
ふたり お
と両人に爪印を捺させ、直に両人を牢へ入れました、翌日に相成りますと、
大塩先生、朝早くより出仕したして高井山城守の御前へ罷り出で
「エヽ、申し上まする」
「是は大塩、早朝よりの出仕、大儀である」
「ハツ」
「何かことが起つたのか」
「ハア、別のことでもござりませぬが、大坂市中より近郷近在へ掛けて、盗
賊の流行いたして居りながら、思ひの外に手の届かざる訳を漸やく探り知り
ましてござる」
さすが いかゞ いはれ
「ウム、夫は/\、得了は大塩である、如何いたして其元因が分つたな」
かう
「実は是々斯いふ訳でございます」
わるもの
と自分が姿を変へて新町へ入込み、悪漢勘次、作造の両人を召捕りたること
くちがき
を話し口書を山城守の前へ差出しました、其書を篤と御覧になりましたる高
井山城守」
「ウーム、さればなり、盗賊共の巧みに役人の目を忍び、悪事を心の儘に働
らき得たるは、一等与力の弓削田新左衛門が仕業なりしか、憎くき処ろの弓
め
削田奴、早速召捕の人数を差向けるが宜らう、彼れ若し手に余らば、飛道具
で打殺すとも苦しからず」
につこ えみ
と以ての外のお怒りでございます、大塩先生、莞爾と笑を含みまして
「委細承引仕まつりました、併しながら彼新左衛門を召捕る如きに、左様の
多人数を召連れるにも及び申さず、拙者一人御命に依て罷り向ひ申すべし、
おほがう
斯ることは大行にいたしては、却つて耻入る噺しゆゑ、なるべく隠密に取計
らうやうにいたして宜しからんと存じまする」
そこもと まか よし
「成程、然らば其許に任するに依て、好なに、取計らはれよ」
かし
「委細畏こまりました」
と其処で大塩先生只一人、弓削田新左衛門の家に向つて歩を進めて参りまし
やが
た、頓て玄関に至りますと
「お頼み申す」
と案内を通じますと、取次の者が出で参りますと、吟味役の大塩平八郎であ
りますから、実は少し怪訝に思ひましたが
「是は大塩様には早朝よりの御入来、先づ/\お通り下され」
「御主人は御在宅かな」
|