Я[大塩の乱 資料館]Я
2016.2.16

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「大塩の乱関係論文集」目次


『大塩平八郎』 その20

松林白猿 講演

安藤粛太郎速記(英雄文庫 9)萩原新陽館 1901

◇禁転載◇

第四席(5)

管理人註
  

「ハイ……」 「然らば平八郎、至急に面会いたしたいと申し入れて下され」 「少々お扣へ下さるやう」 といつて取次が新左衛門の前へ出でまして 「只今大塩様が見へられまして、何か御用談有之とのことにござりますが」                ふだん       といはれまして疵ある脛、ハテな平常剛直なる大塩奴、イヤに拙者を眼下に 見て、未だ拙者の宅へ一度も参つたことのなきに、今朝に限つて早々参ると いふは、尋常一様のことではないぞ、ことによると、万事好く調べの届く大 塩なれば、今まで拙者の為した悪事を知つて召捕にでも参つたのではないか、 何にしても参つたものを面会いたさんといふ訳には参らん、好し、其儀なら ば彼を奥の茶室に入れて、若し一言たりとも拙者の悪事を口走つた其時は、    もと 一刀の下、彼を両断と為して、露見に及んだる上は破れかぶれ、三々に悪事 を働らいて死せん、飛で火に入る夏の虫、平八郎が供をも連れず只一人で参      もつけ つたるは、勿怪の幸はひ、と虫が知らすか心に咎められて                   いつ 「是れ大塩を奥の茶室へ通せ、俺が先に往て待て居るから」 と平常愛する処の銘刀備前長船の一刀を携さへて、茶室へ這入りました、大 塩先生は左様のこととは知りませんから、案内されて茶室へ来て見ると、ズ ツと障子開いて居ります、何となく向ふを見てあるに、弓削田新左衛門の顔 中殺気漫々として溢れて居りますから、人の気を悟るに早き大塩先生、心中 にハワテ、之はモウ弓削田が悪事の露見いたしたことを悟つて、拙者を切て       わざ 了うの了簡で態と茶室へ招いたのであるが、悪人とはいひながら、諦らめの                                 つか 悪いには驚ろく、其儀ならば我も一刀流の奥儀を究めたる者、何ぞ手を束ね て彼が刀を受けんや、と悟つて了ひましたから、少しも油断はありません、 まなこ       やが 眼を八方に配つて軅て茶室へ這入り 「弓削田氏、お早うござる」 「ヤア大塩氏、早朝よりのお出では何か急用でもござりましたか」 「イヤ、何、急用ではござらぬが、少々貴殿へ申し入れべきことがあつて、 大塩自身に罷り出でました」 「何事かは存ぜんが、承たまはりませう」 「然らば申さんが貴殿は与力の身にあるまじきことをいたしてござるな」 「ナヽ何でござる大塩、拙者が与力にあるまじきことをいたして居るとは如                    たゝ 何なる儀でござる、御返答に依ては其処を立せませんぞ」                               なら とハヤ一刀の柄に手が掛つて、一言でも大塩先生が弓削田の悪事を列べ立て          たゝ なは、即座に一命を断んと身搆へました、大塩平八郎、此様子を見て少しも         につこ  えみ 騒がず驚ろかず、莞爾と笑を含んで           あはて 「アイヤ、弓削田氏、周章給ふな、拙者の一言に依ては拙者を両断にするの おぼ 思し召しかは存ぜんが、然る時は罪子孫に及びまするぞ」 「エヽツ、子孫に……」       しづ 「マア、心を鎮めて拙者の申す処ろを一応聞て然る後にいたされよ」 と申しました



幸田成友
『大塩平八郎』 
その25
 


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