左様なことゝは知りませんから、大塩先生、毎日貧民の有様を見るにつけ、
そんな
今に奉行からお救ひ米があるか/\と思つて居りましたが、其様景色もござ
いませんから、或日養子の格之助殿をお召しになりまして
そ ち
「コレ格之助、只今其方を召したのは余の儀でもない」
「ハツ」
せんだつて
「実は先達、先の奉行矢部駿河守殿へ願ひ置いたる貧民お救ひ米の儀じやが、
ぜん
前の奉行に於ては確かに御承知になつたからは必らずや跡役の今の奉行へ其
つい
ことを申し続てあるに相違ない、然るに新役御引継の為め多忙なりとはいへ、
い つ
此急場に望んで何時までも具図/\いたして居ては人民の困難は益々甚はだ
しく相成る、夫故に其方新奉行に申し上て、早くお救ひ米を下さるやうにい
たせ」
かし うち
「ハツ、畏こまりました、然らば早速今宵の中に参つて申し上るでございま
せう」
「ウム、左様いたして呉れ」
といふと、平生短気なる父の気性を存じて居りますから、格之助殿は早速支
度をいたしまして直に新奉行跡部山城守の御宅へ参りました、其処で早速お
目に掛り
「申し上ます」
「何じや」
「されば余の儀にもござりません、先達私の父平八郎より前奉行矢部駿河守
いで
様へお願ひ置きましたる貧民お救い米の儀、前奉行様は御承知になつてお在
あなた ひきつぎ
なさいましたが、貴郎様にはお引続に相成りませんでござりませうや、未だ
其の運びも相見へざるやうにござるやうにござりまするが、と申し上ました
そろ/\
から、跡部山城守、心中に、ウム大塩奴、徐々格之助の口から拙者を説き付
わき
けやうとするな、己れ身分をも弁まへず、猥りに学者ぶつて奉行の職権へ口
を入れやうとするか、此処では知らん振をして大塩奴に鼻を明かしてやらう」
と思ひ
「何じや、左様なことは予は少しも知らん」
こうぢき
「然らば更にお願ひ申し上ますが、只今は御存知の如く米価非常の高直にて
貧民の困難此上もござりませんに依て、速やかにお救ひ米を下さる様に……」
「イヤ/\其儀は城代もあることなれば予の一存には参らず、篤と協議を凝
らして施こし米をして宜しければ、其方等の願ひがなくとも施し米をするの
であらん、余計のことをいはず其方は役目を大事に勤め居れ」
よん
といつて格之助殿の申し上るのを聞ません、其処で拠どころなく格之助殿は
帰宅いたし
「父上、只今……」
「御苦労であつた、奉行の言葉は何であつた」
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