Я[大塩の乱 資料館]Я
2014.9.8

玄関へ

「大塩の乱関係論文集」目次


「大塩平八郎」
その43

真山青果(1878-1948)

『真山青果全集 第4巻』 大日本雄弁会講談社 1941 収録

◇禁転載◇

第五幕 その二 (4)

管理人註
  

平八郎 何、淵次郎が斬られた――? (愕然として初めて自己に復り、    瀬田の肩を掴みて起し)何処から漏れた。誰だ、訴人は誰だ。 瀬 田 河合の忰が、吉見の英太郎と共に、今朝の未明、檄文を証拠に密    訴したものと思はれます。平山――彼も確かに同類と思ふ。 平八郎 裏切者がある。皆、油断するな! (縁側に走り出て、一同を睥    睨するやうに叫び)それ、門を閉ぢ、大砲を敷いて、討手の防禦    をするのだ。    門弟、人足、その命令に従つて走り去る者あり。 平八郎 (また瀬田を引き起して)で、小泉は? 小泉は――? 瀬 田 御巡見のお取止めになつたのは、昨夜深更らしうございますが、    わたくしも小泉も当番で宿直してゐながら、一向にそれを存じませ    ん。今朝目をさまして見ると、何んとなく役所内の気勢が殺気だつ                             たゞごと    て居ります。同役の者が、わたくしどもを見る視線が、徒事ならず    感じられました。わたくしは小泉と、思はず眸を見合せました。小    泉は蒼ざめた顔に、目尻をつり上げて、微かに奥歯をカタ/\と鳴    らせてゐます。気がつくと、わたしの歯も……鳴つてゐました。処    へ、荻野と森脇とが参つて、二人に即刻御用談の間へまかり出るや    うにと、お上からの御用召でございます。小泉はもうこれまでと観    念して、わたくしに微笑を見せるこゝろであつたと思ひます。少し    脣を……痙攣させたやうに見ました。そして小泉が先に立つて、わ    たくしは後から、番所を出てあの畳廊下を……かなり物静かに歩い                   つゝじ        さゞんくわ    たと思ひます。お中庭のどうだん躑躅の上に、山茶花のやうな白い    花片が一つこぼれてゐるのを、わたくしは鮮かに目に残つてゐます。    お弓の間の入口へ参つて、いつもの処に、小泉は脇差をとつて置か    うとしますと、慌てゝ一人、誰か御近習の間から飛び出した者があ    る。はツとして小泉は、一度廊下に置いた脇差を取り上げました。    柄をつかんで引き上げたと見えて、鞘は走つて白刃になりました。    同時に御用談の間から、跡部さまの声で、それ、斬つて棄てい、と                                はじめ    命ずるのを聞きました、はつきり聞きました。御師範役の一條一が                 ひやくゑ    小泉のうしろに忍び寄つて、百会をかけて肩先へ―― 平八郎 (思はず目を瞑つて、叫ぶ)もう好い。死んだゝけでいゝ。          はだし 瀬 田 わたくしは跣足のまゝ庭に飛び下り、北側の梅の立木を足場とし    て、夢中に塀を乗り越しました。塀の上から振り返つて見た時……    小泉はもう倒れて居たと思ひますが、わたくし、好くも見ません。 平八郎 うむ、然うか……。(全身の汗が一時に発散するやうなる声にて、    低く呟きゐる) 瀬 田 先生、もはや必死の場合だ。片時の猶予もなりません。御用意を    なすつて下さい。 平八郎 …………。 瀬 田 先生、わたくしも起つ、お支度をなすつて下さい。先生、何を躊    躇してお出でなさる。 平八郎 …………。 瀬 田 (声を励まして)先生、あなたは何んたる方だ! 平八郎 (卒然、顔を上げて)宇津木をどうするのだ。 瀬 田 宇津木――?                         瀬田、呆れてその顔を見る。忠兵衛、突と進み釆て平八郎の腕を掴    み、或る決心をもつて威嚇的に睨む。この時、門内に第一の喊声、    どツと起る。 平八郎 然しながら、師匠の大事に門弟の従はぬ筈はない。(やゝ弁解の    口調にて、呟くやうに云ふ)彼は吾が家の高弟だ。第一の門弟なの    だ……。 忠兵衛 あなたは洗心洞剳記に、穣苴が出陣に後れたる寵臣を罰するの件    を何んと評した、何んと書いた。(腕を揺すぶる) 平八郎 然し、然し……彼はこの際、何か云ふべき言葉があるべき告だ。    それを‥…それを聞いて行きたい。彼と、おれとは、この時、この    まゝ……無言の間に別れられるものとは考へられない。おれには、    それが考へられない……。 忠兵衛 何――? (顛へつゝ平八郎を壁の方へ押す)

大坂東町奉行所図




百会
頭の頂上

















































『洗心洞箚記』
その38















「大塩平八郎」目次/その42/その44

「大塩の乱関係論文集」目次

玄関へ