Я[大塩の乱 資料館]Я
2014.9.9

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「大塩の乱関係論文集」目次


「大塩平八郎」
その44

真山青果(1878-1948)

『真山青果全集 第4巻』 大日本雄弁会講談社 1941 収録

◇禁転載◇

第五幕 その二 (5)

管理人註
  

平八郎 おれは彼の師だ。飽くまでも彼を服従させねばならない。引き擦    つても、捩ぢ伏せても……彼をわが後に従はせなければならない。    おれが死ぬ時、彼も死すべきものと教へてやりたい。大井、正一郎、    宇津木をこゝへ引き擦つて来い。 大 井 殺して来いと仰しやらぬか。 平八郎 何んだ?                       わづら 大 井 あなたの臆病は、いつも宇津木の論説に煩はされてゐる。宇津木    の幽霊を去らなければ、あなたは死ぬことが出来ない人だ。 忠兵衛 命を用ひざる者はこれを斬る――剳記の断言は人を欺くものか。    先生、あなたは自分の学説をこゝで裏切るか、裏切るのか。(と一    歩づつ押し詰める) 平八郎 (壁を背にして、決然)正一郎、宇津木を斬つて来い!               めくば    大井、傍なる安田図書にせして、両人奮然として走り去る。 平八郎 斬つて来い、斬つて来い……。(目を瞑りて、殆んど狂乱せる声    にて叫ぶ)刀は仕損じる、槍で突け……! 宇津木を殺せ! 斬つ    て来い……斬つて来い……宇津木を斬つてしまへ!    忠兵衛、掴みし手を放す。平八郎、すこしよろめき、柱に掴まりて    叫ぶ。    第二の鬨の声と共に、家屋を破壊する雑音聞ゆる。 格之助 父上、時刻が迫ります。御支度をなさい。 平八郎 好し、心得た。(凛然として)出発は第三の声を合図とする。先    頭に、天照大神の御旗を吹きなびかせて、行列帳によつて陣列をつ    くれ。    格之助、平八郎と共に別室に去る。忠兵衛、庄司や渡辺等と共に行    列帳を見て互ひに囁き合ひたる後、忠兵衛は呼子笛を吹きつゝ走り    去る。庄司、渡辺、部署を定めで去る。舞台、暫く沈黙。人足等来    りて兵器軍器を塀外に搬び終る。但し人足四五人につき塾生一名づ    つ必ず抜刀にて指揮をなす。    爆竹の音、その他の騒音、また起る。大井、安田の両塾生、手槍を    携へ、白袴の裾に少し血痕をつけて、大息になり走り来る。 大 井 (草鞋のまゝ縁側に駈け上り、駈け下りつゝ平八郎を探して)先                  し と    生、先生……先生、宇津木を為留めて来ました。. 平八郎 (姿を顕はさず、障子のうちより)騙し打ちにしたのか。 大 井 言葉を掛けました。槍を構へて、先生の指図だと云ひました。 平八郎 (声)何か答へたか。                                 ひばら 大 井 うん……と云つたまゝ浄手鉢の前に立つて動きません。その脾腹    を突きました。    平八郎、答へず。                   ぼんのくぼ 大 井 その間に安田が後へ廻つて、後頭部にかけて斬り下しました。宇    津木は声立てず、ベタリとそこへ坐つた。その喉を刺しました。    平八郎、答へず。 大 井 書生岡田の姿は掻い暮れ見えません。既に風をくらつて、逐電し    たものと思はれます。 平八郎 (暫くして静かに、声聞ゆる)それで好し、一段落ついた。勢揃    ひは裏塀を破つて東照宮の広庭だ。南隣の屋敷に鉄砲をうちかけ、    同勢を繰り出せ。 大 井 は。    大井、狂喜して手槍を空に投げ上げ、雀躍しつゝ走り去る。    舞台暫く空虚、やゝありて二重の砲声、天にとゞろくと共に、邸内    には火災起りて火焔次第に迫り来る。    平八郎、着籠野袴に黒羅紗の羽織、白鉢巻にて出で来り、牀几に腰    掛くる。その前を通りて行列は裏庭より東照宮の方へ通り過ぎる。    真先には救民と書きたる四半の旗、次は天照大神の旗、次に五三の    桐二ツ引の旗、次に木筒二挺、次に大井正一郎と庄司儀左衛門、各々    小筒を持つ。次に格之助、着籠野袴。猟師二名その左右に従ふ。次    に大筒二挺つゞく。    平八郎、無言のまゝ縁側を下りて大筒の後より行列に加はる。若党    二名、槍を携へて左右を警護す。次に総指揮の陣太鼓あり、安田を    初め塾生等六七輩行く。次に渡辺、橋本、白井等の一団十五六名、    着込み姿にて手槍を持つ。次に大筒、人足等。最後に瀬田済之助、                           しんがり    これも同じく火事装束にて若党等を随へて、総勢の殿軍をなす。    火災は勝手の方より土蔵前をつたつて、平八郎の書斎に燃え移る。                       ――道具廻る――














『洗心洞箚記』
その38

大坂東町奉行所図
 


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