Я[大塩の乱 資料館]Я
2014.7.31

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「大塩の乱関係論文集」目次


「大塩平八郎」
その5

真山青果(1878-1948)

『真山青果全集 第4巻』 大日本雄弁会講談社 1941 収録

◇禁転載◇

第一幕 (5)

管理人註
  

河 合 (むッとして、腕組み)手前の申すのは金です。最初相場を引き    上げる、その開きの金の出所を申したのです。                       平八郎 無論、無論救助金が必要だ。最初買ひ煽ふる為には、十万や十五       すてがね    万両は棄金にするのだ。 河 合 ですからその金は何処から―― 平八郎 聞け。その金は死ぬ金ぢやない。直ちに生き返る金なのだ。市中    に米が潤沢になれば、それだけお金蔵に富が回収されたといふもの    だ。富は天下の富だ、人民の富だ。政府や将軍の富といふものは有    るべき筈がないのだ。四民が窮乏を救はれるそれだけ、国家の富は    殖えてゐるのだ。この眼前の理がお前には分らないか。 河 合 (反抗的にしぶとく)分りません。 平八郎 何。 河 合 手前どもはね、今日先生の議論を伺ひにまかり出たのではござい    ません。組替一件でお訴へに出てゐるのでございます。             せうじん                ぬし 平八郎 組替一件だ?……小人。(と憫笑して)お主はうぬが飯の上の蝿    より逐へないのか。天下の凶饉、生民の難儀を何んと見てゐる。あゝ    ん。.    吉見、袖を引いて制すれども、河合、真蒼になつて聞かず。 河 合 (顛へつゝ進み出て)小人でどざいますとも――。小人だ。手前       くわつけい    どもは活計が大事、若し組替になつて役方でも召し上げられると、    それこそ今日から路頭にも迷ひます。 平八郎 困つたやつだ。良知の学を何処へ学んだ。 河 合 お手前さまはね、余りに、弱い者を軽しめます。毎日一同が心配        たかみ  してゐるのを高処に眺めて笑つてござる。 瀬 田 (心配して)郷左、少し過ぎるぞ。 河 合 学者のお話は、どこを性根に聞いていゝか、われ/\蒙昧には分    りません。跡部さまを小僧だの小人のと云ふかと思ふと、今度は至     くんしじん    極君子人のやうなことを仰しやる。      い つ 平八郎 何日おれが跡部を君子人と云つた。 河 合 存じませんね。    河合、反抗的に空嘯き、腰の煙草入れなど出す。 瀬 田 郷左、今日はお前帰れ。 小 泉 然う激昂しては駄目だよ。話がまるで横道にそれてゐる。 庄 司 (静かに座を進めて)先生、これは少しく御思案を願はなければ    なりませぬ。先生は御信用なさいませぬが、今度の組替はどうも噂    だけとは思はれませぬ。    平八郎、河合を睨む。 吉 見 役所うちの取沙汰では、西組与力の内山彦次郎さまを東組へ廻し    て、当組支配役を仰せ付けられるなどと、専ら申して居ります。何    分にも跡部さまは悉く西方贔屓の様子で、われ/\東組の者はお屋    敷お出入りもかなひません。 渡 辺 今日もな先生、吾々の出勤刻限を西組から触れて参りました。斯           けんぺい    う何事につけて権柄が西へ移るやうでは、どうも困つたものと案じ    られます。 小 泉 そのほか何事につけて片手落ちの仕打ちが見えます。これでは到    底、組中一統職分が手につきません。 平八郎 (漸く河合から目を放し)おれは、それはいま騒ぎ出す時ではな               いうせき とき    いと思ふのだ。この上下憂戚の秋にあたつて、わが身構ひの問題の    み悲しむと云ふのは、ちとどうも……義に於て勇まぬところがある。    反省を加へたらどうだ。 小 泉 然しその前に、組替のお達しがあつては困ります。 平八郎 おれはそれは無いと云ふのだ。仮に跡部がそのやうな無法を行へ    ば、その時彼はみづからその非を負うてゐるのだ。                 いきさつ 瀬 田 先生、然しこれは学問上の経緯もございます。内山はじめ西方一    同は朱子学を奉じてゐて、平素からわれ/\陽明学徒を嫉視してゐ                          ざんばう    ます。天満の我儘学問とか大塩の気違ひ学問とか讒謗して、東組の    組下が大半先生の門下に団結してゐるのを憎んで居ります。そこへ    新来の跡部公は聖堂出身の腰抜け学問ですから、自然同舟相救ふこゝ    ろもあつて、飽くまでも先生が邪魔になるのでございませう。 平八郎 それぢや跡部は婦女子だ。 瀬 田 婦女子どころぢやない、わたしは佞奸者と思ひます。




幸田成友
『大塩平八郎』
その104


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