批 判
大塩中斎は純粋の学者ではない。二十七歳から三十七歳までは吏人となり、
三十八歳から閉居して学問に没頭したが、四十四歳の時には謀叛を起こして
焚死した。学問のために心を傾けた年限は甚だ短い。従つて彼の学問は深遠
なる点も該博なる点もなく、其の学説の如きも種々の欠点を有して居る。即
ち著しく独断的であり、粗雑であり、幾多の誤謬と矛盾とを含んで居る。例
へば彼が心外の虚を以て心の本体とし、精神界の空虚と物質界の空虚を混同
したるが如き、心の太虚に帰する人は、水に溺るゝことなしといひて迷信に
陥りたるが如き、今日から観れば非難の余地が尠なくない。併しながら、彼
がたゞ読書に耽り、字句に泥み、経学の精神を取ることを知らざる当時の学
者に反対して、道義の実行を聖学の要旨としたる事、諸説の考証のみに甘ん
ぜず、大胆に独創的の思想を発表したる事、学問を実際に活用して其の才能
を事功の上に発揮したる事に就ては、日本の倫理史上に特
筆すべき偉人たるを失はぬ。
|