Я[大塩の乱 資料館]Я
2016.12.13

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「大塩の乱関係論文集」目次


「浪花の狂刃 大塩中斎の事蹟」
その6

中山蕗峰

『文武仁侠大和錦』東洋興立教育会出版部 1917 所収

◇禁転載◇

二 天変地妖(3)

管理人註
  

        かん      いだ  平八郎が突磋の間に胸中に描き出した第二の計画とは、外でもない。人                の力を俟たず先づ自分の皮より剥いて人を救はんといふのである。平八郎 は庸吏のつく/゛\語るに足らざるを慨し、わが世禄を抵当にして富豪よ り金を借り、之を救済の資に充てんと欲したのであるが、それにしては抵 当物があまりに小さい、そこで之を同志の庄司茂左衛門に諮りしに、庄司 は頗る其の義気に感じ、然らば我も一味に加はると共に、他の同志をも語 らはんと諾して、甲より乙、乙より丙に説き廻つて遂に同志二十余人を得、 之を平八郎に報告した。平八郎涙を浮べて之を喜び、即日船場の豪商鴻池 善右衛門を訪ね、同志二十余人の世禄を抵当として、下民救済の資金を貸 与せんことを申込んだ。さすがは鴻池、快く之を諾したが、「併し此儀一 存にて謀ふよりも、三井其の他の連中にも相談してなるべく大金を纏めて 御用立てん。」と一二日の猶予を乞うたので、平八郎あつく其の志を謝し て辞した。其翌日鴻池善右衛門は、三井、平野屋等の豪商を自宅に招きて               い か やう 平八郎が申込を告げ、「方々如何様の思召あらんかなれど、善右衛門は五              おの/\ 千両を醵出いたすべければ、各々方一同にて別に五千両を調達下されたし、 一万両といふ金にせば、見らるる通りの刻下の惨状を一時は救済すること                              いな も出来ようと存ずる。」と云ひければ、一同之はと驚き乍らも、否やを云 へば平八郎が事、如何やうの事を重ねて申出でんも計り難しと不承不精に                           ぢゞ 承諾の旨を告げたるが、中に一人米屋半右衛門といふ因豪爺、此の饑饉年                    たま に商売はならず、其の上金まで投げ出して堪るものかと不承を唱へ、兎も 角一応奉行に此の事を申出でゝ指揮を受けんと飽まで自説を主張したので、 一同然らばと打つれて奉行所に出で、平八郎が事より、一座会議の模様を                            かみ 陳言したるに、跡部山城守以ての外なりと赫怒し、「平八郎上を差措いて         いたづら 不遜の仕方、彼れ徒に名利を好みて斯る事を企つるに過ぎざれば、汝等若 し彼に一万両が五百両にても貸付けなば、先づ汝等より重き罪科を申付け ん。」と声荒らげて脅しつけたので、そこは慾の走る町人根生、一時平八                          かしこ          さが 郎が義気に感じたるものまで、奉行の仰せを是れ幸ひと畏つて奉行所を退 り、此の旨平八郎に伝へて見事一万両醵出のことを拒絶した。平八郎此の       あき             うた 返答を聞いて呆れ返り、是が百万長者と人に謡はるる人達のまことの心か、                               かく 汝等日々袍衣暖食、酒池肉林に驕者の日を送りながら、下民の困窮斯の如 きを知らず、武人の堕落も然ることながら、町人の根生を此処まで落ち果 てたるかと、たゞ慨嘆するのみで、重ねて説ねて説き諭す勇気もなく、心 いかり の怒を強ひて包んで我が家に立帰つたが、偖て頼みし綱の手の切れて平八           おもて 郎如何とも仕様なく、戸外に聞ゆる阿鼻叫喚の声を聞きつつ将に悶絶せん                 おの とした。此の時ふと眼に入りしは、己が書斎に積まれたる愛蔵の書巻であ                         きた る、之ばかりは求めて得難き奇書珍本、数十年来蓄へ来りしもののみなれ  いのち ば生命にも替へ難き愛著のものなれど、此の場に臨んで之をしも惜むべき                 いだ にあらずと、ありとある書冊を浚へ出して数を読めば五万巻といふ大部、 是なる哉/\と早速出入の書肆を招きて之れを売払ひ、六百二十五両の金 を得たれば、さらば之だけにてもと此の金を一万戸に分配した。水さへ塩    さへ嘗められぬ中に、僅かなれども金の光を見たことなれば、之を恵まれ     よろこび たる者の喜悦は一通りでなかつた。然るに跡部山城守は、平八郎が此の挙                      かみ ないがしろ を見て益々怒り、平八郎を奉行所に呼びつけて上を 蔑 にするの罪を責め、 向後斯様の出過ぎたる所為あるまじきやう手厳しき譴責を加へたのである。












庄司茂左衛門
庄司儀左衛門













幸田成友
『大塩平八郎』
その111
 


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