Я[大塩の乱 資料館]Я
2012.3.17

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「大塩の乱関係論文集」目次


「大塩平八郎伝」

その4

西村富次郎(獲麟野史) 弘文館 1897

『日本偉人伝』所収

◇禁転載◇

   管理人註
   

天保七年二月以来、霖雨頻りに降りて止まず、六七月の候に至りて、大 風雨益々甚だしく、米穀登らず、為めに天下大に饑饉し、衆民の困窮、 名状すべからず、是に於て、平八郎、殆んど之を傍観するに忍びず、時 の大坂町奉行跡部良弼に就いて屡々窮民賑恤の策を陳ず、而かも終に聴 かれず、後人、天保の饑饉、大恐慌として語るもの、即ち此時の事なり、 明くれば則ち天保八年にして、前年饑饉の後を受けて、衆民の困厄甚だ し、加ふるに正月早くも悪疫流行し、万衆益々困難を重ねて、餓孚相継 ぐに至る、傷心惨目、亦見るに忍びず、而して官未だ之れが救恤の策あ らず、又浪華の富豪、未だ其倉庫財を開かざるなり、所在号叫の声は、 天に響き地に聞ゆ、其音平八郎、心塊に徹し、骨髄に透り、最早黙すべ からざるに至り、多年苦心惨憺蒐集したる所蔵の珍書、其汗牛充棟の 経史子集、総て其類を尽して、之を売却す、其得る所の金凡そ二万 両、皆な之を窮民に救与す、豈に亦一片愛惜の情なからざらんや、然 り而して此の英断、以て救助す、亦以て其仁心のある所を見るべし、 嗚呼平八郎、蔵書売却の金は限りあり、而して窮民飢餓の数は限りなし、 故に平八郎血涙の救助も僅かに其一時一部の人民を救ふに止まり、忽ち 傷心惨目の旧状に復す、是に於て乎、平八郎の仁心は一転して、半狂熱 血の火焔と為る、即ち晴天の霹靂、平地の波瀾、雷吼獅哮の一大飛躍を 試みんとするに至れり、此時に当りてや平八郎の仁心を仰ぎ、之を生親 として、尊崇する者夥多にして、一犬影に吠えて、万犬声に吠え、漸く 将に機の熟せんとするものあり、平八郎の其意、蓋し大坂城代、東西両 町奉行を始めとし、幕府の俗吏を屠り、官庫及び大坂市中富豪の家屋を 破毀し、其金穀を以て四境無数の窮民を救はんとするにあり、其心善し、 而かも其策や悪し、


汗牛充棟
蔵書が非常
に多いこと
の例え

二万両は六
百余両の間
違いでは。
幸田成友
『大塩平八郎』
 その111


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