Я[大塩の乱 資料館]Я
2002.8.7訂正
2002.7.12

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「大塩平八郎の乱が及ぼした淡路への影響」

その3

野口 早苗

『あわじ 第6号』淡路地方史研究会 1989.2 より


禁転載

『大塩研究』第8号
 生駒山麓の村からみた大塩事件 −紋右衛門の日記を通して−

 河内郡四条村から大坂の天満までは、直線距離にして約十二キロ、平野が広がりさえぎる物は何も無く、大坂市中に燃えひろがる火の手が良く見え十九・二十日と二日間燃え続けたのをこの村の人びとが見ている。それにもかヽわらず、大塩挙兵という幕府にとってただならぬ事態であったはずなのに幕府側の取締り、警戒体制が、この四条村の地域ではほとんど何もとられていなかったらしい。年寄役の紋右衛門が役人からよび出された様子もなく、農家の日常生活に大塩の乱の後、いつもと変らず村に緊張感もなかったらしいと筆者の中塚氏が文中でのべられている。



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