『Y君!僕は実に少し心当りもあつて、予て六甲に中斎の遺跡を探らう
こんな
と願つてゐたのだ。今日君が来て這麼話をして呉れたのも、僕には全く
ど
偶然とは思はれない。怎うだ、これから一緒に探検に出かけやうぢやな
や や
いか。何事だつて思ひ立つた時に行つてのけなけや、行る時はありやし
ないからね。厭でも附合つて呉れ給へ!頼むから…………』
い ざ こ ざ つもり
と委細巨細云はせぬ了見で、僕は早速準備に取掛らうとすると、Y君は
面喰つたらしく、
『先生!あなたは本当に中斎の墓が、六甲に在ると信じてゐらつしやる
のですか?』
『さうだとも!』
や
Y青年は今更の如うに驚いて、
ごじやうだん
『実は御戯言だらうと思つてゐました…………併し此頃山は寒うおまつ
せ……』
『だから雑草も枯れ木の葉も落ち、蝮や毒蛇も出なからうから、捜し能
くもあり、安全でもあらうぢやないか。』
しゝ い ぬ う ろ
『それでも猪や山狗がソロ/\迂路つき出す頃ですからね。』
おしろい むらが まちなか うろつ
『ナーニ髯を生やした猪や白粉を塗つた山狗の群つてゐる市中を彷徨く
ど
ことを思へば、怎れだけ安全だか知れやしないさ。』
『併し、無智蒙昧な山男や猟師の云ふ事ですから、アテになりませんよ。』
『だが有智賢明な都会人や文化虫の云ふ事よりも確実だらうよ。』
ゆきがた
『打明けて申しますと、六甲深林は不思議に行方知れずになるのです。
あひだ ゆくへ
ツイ此間も中学生二人が今に行方が知れないのです、知らぬ人は何でも
ない山やと思うてゐますが、平凡に見えて事実六甲山程奥底の知れない
け
怪つ体な山はないのですからね。』
『だから中斎先生が潜伏地に選ばれたのだよ。墓が今まで分らなかつた
のも無理は無いさ。』
ど
『併し、見つかるか怎うか分りませんよ。』
『見つからないと云ふことを見付けるのも亦一つの見付け方だ。失敗は
発見の別名ではないか。印度を目指したコロンブスは印度に数倍する亜
米利加を発見したぢやないか。亜列比亜の錬金術は失敗に了つたが、目
か
的の黄金よりも尊い科学の萌芽が発見され、数学の三角術の発見は、彼
の無用の長物ピラミツドをこしらへたお蔭ぢやとか云ふことだ。総ての
発明発見は失敗の直系的産物か若しくは副産物ではないか。』
くたびれ
『それにしても何だか徒労に終りさうな気がしますね。骨折損の疲労儲
い つ
けになりさうですよ。先生も何日だつたか。「外で不時災難に会ふのは
出しなにわかる。不結果に終る仕事は、着手の刹那に不安を感ずる」と、
おつしや
仰在つたことがあるぢやありませんか。』
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