Я[大塩の乱 資料館]Я
2015.7.2

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「大塩の乱関係論文集」目次


『最後のマッチ』(抄)
その11

岡田播陽(1873-1946)

好尚会出版部 1922

◇禁転載◇

二六 そよとの風の便りも無い(1)

管理人註
  

 『Y君!僕は実に少し心当りもあつて、予て六甲に中斎の遺跡を探らう                 こんな  と願つてゐたのだ。今日君が来て這麼話をして呉れたのも、僕には全く              偶然とは思はれない。怎うだ、これから一緒に探検に出かけやうぢやな                  や               や  いか。何事だつて思ひ立つた時に行つてのけなけや、行る時はありやし  ないからね。厭でも附合つて呉れ給へ!頼むから…………』    い ざ こ ざ         つもり  と委細巨細云はせぬ了見で、僕は早速準備に取掛らうとすると、Y君は 面喰つたらしく、  『先生!あなたは本当に中斎の墓が、六甲に在ると信じてゐらつしやる  のですか?』  『さうだとも!』           Y青年は今更の如うに驚いて、     ごじやうだん  『実は御戯言だらうと思つてゐました…………併し此頃山は寒うおまつ  せ……』  『だから雑草も枯れ木の葉も落ち、蝮や毒蛇も出なからうから、捜し能  くもあり、安全でもあらうぢやないか。』       しゝ  い ぬ          う ろ  『それでも猪や山狗がソロ/\迂路つき出す頃ですからね。』              おしろい            むらが       まちなか  うろつ  『ナーニ髯を生やした猪や白粉を塗つた山狗の群つてゐる市中を彷徨く           ことを思へば、怎れだけ安全だか知れやしないさ。』  『併し、無智蒙昧な山男や猟師の云ふ事ですから、アテになりませんよ。』  『だが有智賢明な都会人や文化虫の云ふ事よりも確実だらうよ。』                      ゆきがた  『打明けて申しますと、六甲深林は不思議に行方知れずになるのです。     あひだ        ゆくへ  ツイ此間も中学生二人が今に行方が知れないのです、知らぬ人は何でも  ない山やと思うてゐますが、平凡に見えて事実六甲山程奥底の知れない    怪つ体な山はないのですからね。』  『だから中斎先生が潜伏地に選ばれたのだよ。墓が今まで分らなかつた  のも無理は無いさ。』             『併し、見つかるか怎うか分りませんよ。』  『見つからないと云ふことを見付けるのも亦一つの見付け方だ。失敗は  発見の別名ではないか。印度を目指したコロンブスは印度に数倍する亜  米利加を発見したぢやないか。亜列比亜の錬金術は失敗に了つたが、目                                   的の黄金よりも尊い科学の萌芽が発見され、数学の三角術の発見は、彼  の無用の長物ピラミツドをこしらへたお蔭ぢやとか云ふことだ。総ての  発明発見は失敗の直系的産物か若しくは副産物ではないか。』                               くたびれ  『それにしても何だか徒労に終りさうな気がしますね。骨折損の疲労儲                い つ  けになりさうですよ。先生も何日だつたか。「外で不時災難に会ふのは  出しなにわかる。不結果に終る仕事は、着手の刹那に不安を感ずる」と、  おつしや  仰在つたことがあるぢやありませんか。』

   


『最後のマッチ』(抄)目次/その10/その12

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