つら/\世態を按ずるに、道義の頽廃、信仰の絶滅は更にも云はず、何
教何宗と宗教は日増に濫造され、人道主義とか、恩寵生活とか、愛の、懺
悔の奉仕のと、美しい御題目や御名号の囂々たる反比例に、説法や伝道は
真理の光明を開かうとする能動性を麻痺せしむるは愚か、活弁や講談を尊
重せざるを得ざるに至らしめ、心あるものをして余りの愚劣俗悪に涙ぐま
はつこうそ ぶつ
しむる外には、たゞ罪悪の醗酵素たるばかりではないか。神は殺され仏菩
ふうじや
薩は葬られて、慈善事業、社会事業、救済事業、感化事業は、富者、強者
はずかし
の護身器と化し、教育は人道を獣道若しく器道に転轍せしめ、因果の辱め
はや
らるゝと共に、業報は尊重せられて、前科者は世に持て囃され、破倫不道
こ よ はえ
徳は此上無き栄なるかの如く、取引あつて交游無く、暗闘あつて公争無く、
妥協あつて糾弾無く、権利あつて義務無く、広告ありて主張無く、雷同あ
く
りて獅子吼無く、器械ありて人間無く、都会ありて田舎無く、金銭ありて
涙線無く、官能ありて霊性無く、悲喜劇ありて人生無く、売女ありて不売
女無く、新女ありて老女無く、避姙者堕胎者あつて、実母無く、同棲あり
て夫婦無く、倶連宿ありて家庭無く、女子ありて男子無く、而も天才あり
て不良青年無く、篤志家、温情家は随所に充ち満ち亦一人の薄志家、冷情
ゆきか
家無く、預言者ありて宗教ゴロ無き、電華燦爛たる深暗に天女の往来ふ和
気洋々たる都会の、危惧不安な泰平の浪に渦巻かれては、そゞろに或人の
どんな
「神仏、真理、人道、正義といふものが無かつたならば、人生は怎麼に幸
福であらう。信仰、信念、懺悔、奉仕、あゝ何と恐ろしい声では無いか」
ふんきう なんじ
との憤叫が思ひやられ、「爾が隣人を愛せよとは爾等の聞きし所なり。さ
れど我、爾等に告げん、爾の隣人を憎み之を呪ふべし。爾、善良なれとは
爾等の聞きしところなり。されど我、爾等に告げん、悪逆暴戻こそ爾の善
にくしみ
良なれ」との涙訓も偲ばれる。憎の宗教、魔の哲学、地獄の湧出を物狂は
しきまでに念じたくなつて来るのに無理があらうか。「よしや悪人の敵た
あだ
るとも善人を友とする勿れ、寧ろ無智と讐たるとも智者と親しむべからず」
し
と誡めたくなるではないか。浪費を強ゆる物体は夥しいが、女は見たくも
らしゆ ぞ つ わ わ
見当らず、淫肉伝播の蜘蛛状菌は慄然とするほど発き生くが、貴婦人令嬢
つら もと
とは三下り半を夫の面に叩きつけて仇し男の許に突ツ走る莫連者や運転手
いんぽん ふ し だ ら
と駈落する淫奔娘、身持の不思堕落を咎むる母に、亡父の愛刀を差付けて、
亡父と共に実母を心殺す不思堕落女、財産擁護の為には一人娘すら鼠の身
よ そ
代りたらしめて顧みない寡婦等の別名か。他家の子を金銭暴殖器たらしめ
へいり
て、ビリヤードのボール同然、磨滅用を為さゞるに至れば、弊履の如くに
打棄つるも、富者の常習として敢へて怪む者も無く、奸商と結托して私利
つゝもたせ
を営む殺人官吏、美人局にかゝて人妻を殺し山に逃れた子爵もある。売女
たぶら
淫婦に誑かされて恩人に背き、妻を棄て子を棄つる一学究に序幕が開かれ
て、二幕目には金罰か財難か、大富豪凶殺の活修羅場、続いて白恋女王出
ひしゆ
奔の派手やかさ。次は東京駅頭に匕首一閃の血みどろ幕。正しく社会は一
らつぱ
種のシーターではないか。独占的共産喇叭の囃し方もあれば、公共事業を
名として脱税財団を組織する人気役者もある。
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