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然しそれ等は手段の拙劣な、浅薄愚昧な子供劇に過ぎないが、真の悪役や
かたき
敵役はそれ等を罵詈嘲笑する観客中にあるのは論外だ。多くの人に多くの
人を殺させながら、自らも覚らざる悪其物の結晶が堂々社会に羽振を利か
し、無数の人素を搾奪して己れを肥す賊其物の凝塊が傲然天下に横行して、
殺人放火、盗賊以外、人無きかに思はれる。性慾と食慾と、法律と、問題
いよ/\ ます/\しげ
はたゞこればかり、法網 愈 密にして犯行 益 滋く、司直の府にある人々
は奔命にこれ苦しむの滑稽は無妻者をして恋愛万能に陥らしめ、有妻者は
にち
防奸設備に日もまた足らず、富める者は米国式、貧しき者は露国式に、日
けらく
夕、眼前の快楽を貪求し耽着するに余念も無い、資本家の冷情主義が石器
時代の戦法たるストライキ、サボタージユを流行さすれば、サーベルや鉄
あ ら
砲が飛び出して暴動に変ぜしめるとか。細民の欠陥を明るみへ持ち出して
らつぱ
金に代へ、無抵抗てふ自家広告の喇叭を吹き立てゝ、無辜な労働者をサー
う け フエーム ハンター
ベルの錆たらしめ、高利貸を喜ばせ質屋を有卦に入らしむる名誉追及者も
そゝの ふんさい
あれば、廉愛の売買を嗾かして家庭を粉韲せしむる恐妻患者もある。聖頭
を掲げて貪肉に売る狡惨業者もあれば、神道を担いで白昼公然と詐欺脅喝
を働く不敬漢もあり、青年男女の真純性をハタと停電させて、筆先販売の
ゑ かうとう
ボンチ画看板たらしむる妄想狂もある、物価の昴騰に附込んで暴利を独占
おびたゞ
し国民の生活を脅かす不当利得者は、夥しいが、天物の尊重すべきを感ず
る人間は薬にしたくも見当らない。無い物を売倒して国家の不祥事や世の
災害を祈るものはザラであるが、一世の誤解を買つても真理に忠なるもの
は一人だつてありやしない。流行性感冒其の他摩訶不思議な魔の手が、日々
たふ
無数の人をブツ斃すも颱風却火、出水其の他の天災や、人とし云へば自ら
いきどほ いろ しの
は覚らずして常に慍れる相あるの人ならずば、死罪を犯して隠れ潜べるも
のゝ如うに、疑惧不安に充てるの人なるかの感あるも、誰あつて其処に天
来警戒の声を聞かうとする者も無い、平安末期か幕末か、近くは戦前の露
独の状態も斯くやと思はれては、雪の如き廉潔と、火の如き熱血と、剣の
こうあん
如き鋭さを以て、姦僧を退け妖巫を戮し、汚吏を戦慄せしめ、苟安腐敗、
うじ
蛆虫の如き閥族、醜類を覚醒し、欲せずして明治維新の点火者たり、覚ら
おも
ずして世界の人類史に一エポツクを作りし真人を憶うて、意気森然、毛髪
た
為に竪つの感に堪へない。ウオルムスの議会に赴くルーテルの目には、ウ
オルムスの屋根瓦の悉くが悪魔に見えたといふことだが、天保八年の其の
ヒテ ニ ヘル シ ノ まなじり
昔、「人隠無事酔時、柔脆心腸如児女」と甲山の頂点から、眦を裂い
へいげい い か
て浪華の空を睥睨した大塩中斎、若し霊あらば、現下の社会現象が如何に
其の目に映ずる事だらう。
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苟安
一時の安楽を
むさぼること
石崎東国
『大塩平八郎伝』
その85
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