Я[大塩の乱 資料館]Я
2015.7.28

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「大塩の乱関係論文集」目次


『最後のマッチ』(抄)
その22

岡田播陽(1873-1946)

好尚会出版部 1922

◇禁転載◇

四一 白隱の長寿法(1)

管理人註
  

       てん  こんな  Y君は話頭一顛、斯様言をいひ出した。                   あいがつ  『それは爾うと先生!フイヒテは「男女相合して初めて人間は一人前に         なれる」と曰つてゐますが、もと/\人間は両性両面で、不衰不老人の            いたづら  霊物だつたのが、神の悪戯か、人間の自堕落からか、何時の程にか側面                       から両断されて了つて、男女別々のものと化り、今では寿命まで平均三          ち ゞ  十三歳とかに、短縮められてゐるではありませんか。』  『そりやYさん!一切の機関は前面ばかりに備へ付られ、前面は念入り                          のこびき  に装飾されてあるのに、背面と来たら何の事は無い、鋸引にされた樹木  の、縦断面宜しくですからねえ。』       甘える如うな調子で文教さん、突如、斯うした相槌を打つた。                ひとつ            づゝ  『所が両君!此の節又、「肺も隻肺で事足りる。胃腸も半分宛で沢山だ。  腎臓だつて二つは要らない。心臓や脳味噌や生殖器なんか、幾つ何十に  分かれたつて構やしない」などゝ云つてるぢやないか。手足は勿論、眉、  目は愚か、耳や鼻の腔まで二つ宛揃つてゐるし、それに舌などは何枚あ  るか分らなさゝうだから、更に真二つに縦断されるかも知れないよ。』           僕の斯の言に、既うチヤンと両断されてゐるかに思はれるY君、幻怪な からだ        ゆすぶ 体躯を大きく揺振つて、                    『すると左半身が男、右半身が女に化る訳ですかね。然し爾うしてセン  グリ/\両断されて行つた日にや、結局アミーバーに還元するより仕方  が無いぢやありませんか。』                        『だから背面で物を観、言葉を聞き、仕事を為なければならないのだ。  爾うしさへすれば此の上両断されて気遣ひは勿論無く、既に喪はれてゐ  る後半身とても、取戻せないものでもないさ。それに男の姿だから男だ         かまへ  と思ひ、寺院の構築だから寺院だと思ふやうな思ひ違ひもあるまいし、  すがた        い つ  形体は其の儘でも、何時の程にか両断されてゐることに、気も付くだら  うからね。はゝゝゝ』          も と  『然し、人間が始元の両面両性に還つて、不衰不老の者と決まれば、生  老病死の昔が恋しくなるかも知れませんね。』  何処までも全身があるやうに自惚れてゐるY君、何だか心配さうな顔し て斯う云つた。        めくら            『そりや君!盲が急に眼が開くと、何も彼もが平面に見えるので、歩く                       事も能きねば、腹が減つたつて一切の食物が画に描いてあるのも同然、                          食ふことも飲むことも能きない。謂はゞ餓鬼道と変るので、折角開いた    またぞろ          つんぼ         きこ          ひと  目を又候潰して了ふさうだし、聾が俄に耳が聴えると、総ての音声が一                さなが  音に響いて何が何だか分らない。宛ら叫喚地獄に堕ちた感がするので、  再び鼓膜を破るさうだからね。又人が死なぬものと決まれば、煩悶にし  ろ、苦痛にしろ、哀愁にしろ、おさまりっこは無いからね。地獄の亡者  は永久に死なぬと云ふのも当然だよ。しかし真二つにされてゐながら気  のつかない君などは、よしや死んでも君自身は気がつかないかも知れな  いぜ…………』

   


『最後のマッチ』(抄)目次/その21/その23

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