てん こんな
Y君は話頭一顛、斯様言をいひ出した。
さ あいがつ
『それは爾うと先生!フイヒテは「男女相合して初めて人間は一人前に
い
なれる」と曰つてゐますが、もと/\人間は両性両面で、不衰不老人の
いたづら
霊物だつたのが、神の悪戯か、人間の自堕落からか、何時の程にか側面
な
から両断されて了つて、男女別々のものと化り、今では寿命まで平均三
ち ゞ
十三歳とかに、短縮められてゐるではありませんか。』
『そりやYさん!一切の機関は前面ばかりに備へ付られ、前面は念入り
のこびき
に装飾されてあるのに、背面と来たら何の事は無い、鋸引にされた樹木
の、縦断面宜しくですからねえ。』
や
甘える如うな調子で文教さん、突如、斯うした相槌を打つた。
ひとつ づゝ
『所が両君!此の節又、「肺も隻肺で事足りる。胃腸も半分宛で沢山だ。
腎臓だつて二つは要らない。心臓や脳味噌や生殖器なんか、幾つ何十に
分かれたつて構やしない」などゝ云つてるぢやないか。手足は勿論、眉、
目は愚か、耳や鼻の腔まで二つ宛揃つてゐるし、それに舌などは何枚あ
るか分らなさゝうだから、更に真二つに縦断されるかも知れないよ。』
も
僕の斯の言に、既うチヤンと両断されてゐるかに思はれるY君、幻怪な
からだ ゆすぶ
体躯を大きく揺振つて、
な
『すると左半身が男、右半身が女に化る訳ですかね。然し爾うしてセン
グリ/\両断されて行つた日にや、結局アミーバーに還元するより仕方
が無いぢやありませんか。』
し
『だから背面で物を観、言葉を聞き、仕事を為なければならないのだ。
爾うしさへすれば此の上両断されて気遣ひは勿論無く、既に喪はれてゐ
る後半身とても、取戻せないものでもないさ。それに男の姿だから男だ
かまへ
と思ひ、寺院の構築だから寺院だと思ふやうな思ひ違ひもあるまいし、
すがた い つ
形体は其の儘でも、何時の程にか両断されてゐることに、気も付くだら
うからね。はゝゝゝ』
も と
『然し、人間が始元の両面両性に還つて、不衰不老の者と決まれば、生
老病死の昔が恋しくなるかも知れませんね。』
何処までも全身があるやうに自惚れてゐるY君、何だか心配さうな顔し
て斯う云つた。
めくら か
『そりや君!盲が急に眼が開くと、何も彼もが平面に見えるので、歩く
で ゑ
事も能きねば、腹が減つたつて一切の食物が画に描いてあるのも同然、
な
食ふことも飲むことも能きない。謂はゞ餓鬼道と変るので、折角開いた
またぞろ つんぼ きこ ひと
目を又候潰して了ふさうだし、聾が俄に耳が聴えると、総ての音声が一
つ さなが
音に響いて何が何だか分らない。宛ら叫喚地獄に堕ちた感がするので、
再び鼓膜を破るさうだからね。又人が死なぬものと決まれば、煩悶にし
ろ、苦痛にしろ、哀愁にしろ、おさまりっこは無いからね。地獄の亡者
は永久に死なぬと云ふのも当然だよ。しかし真二つにされてゐながら気
のつかない君などは、よしや死んでも君自身は気がつかないかも知れな
いぜ…………』
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