『だから、白隠禅師は長寿法を聞きに来た男に、「何れほど長生がした
いのかな」と訊ねた。「せめて百まで生きたいと思ひますので…………」
い
と男が答ふと、「百までとはエライ短命な望みぢやなあ。」白隠は男の
な が も
顔を注視めて斯う答つた。「百まで生きられましたら私は既う堪能で御
座います。」「イヤ百歳で可ければ百歳までの長寿法、ではない短寿法
を教へて上げやう。けれども百歳と限つて了ふと、百歳ぎり/\で、百
よろ
一歳と生きられないが、それでも可しいか」と白隠は念を押した。「ぢ
や何うかせめてもの事に、百二十五歳に延ばして頂だきたいもので……
…」「宜しい!それでは百二十五歳までの長寿法を教へて上げやう。然
し、百二十五歳と限つて了ふと、百二十五歳ぎり/\で、百二十五歳一
分間と生きられないが………」と再び念を押すと、男は呆れて禅師の顔
み つ
を諦視めた。「ではせめてもの事に、二百五十歳として教へて上げやう」
ていたらく
白隠が曰ふと、「え?」男は不安の為体。「それは何でも無い事だ。た
とへばお前さんが、今茲で死ぬるとする」禅師が斯う言ひ出したので、
おしやう け う と
「老師さん!一寸御待ち下さい………」、男は希有疎い目を光らせる。
「ナーニたとへばぢや。たとへばお前さんが明日死んでも………」「イ
ながいき
ヤ老師さん!私は長寿の法を聞かせて頂きたいので………」、男はます
と き
/\せき込んだ。「さあ其の長寿の法はな、今死ぬると云刹那に、あゝ
わい
たう/゛\二百五十年経つて了つた哩。と思つたら二百五十年生きた訳
ぢやないか。五百まで生きたかつたら五百年、千年生きたかつたら千年、
一万年生きたかつたら一万年経つて了つた哩。と思つたら、一万年生き
い
た訳ぢやないか。」と教つたのも、永遠に死なぬ人間が、大隈さんでは
ないが、百二十五歳ぢやなどゝ我と吾手に寿命を制限するの愚を嘲つた
うつみ
のぢやからな。それに無限の寿命でも我と吾手に制限した時は既に現身
の亡んだ時だからね』
さきだ
『イヤ成程、天地に先つて生ぜず、虚空に後れて死せざる長生久死の大
神仙なる事を、覚得してゐた白隠の面目が先生の御話中に躍動してゐま
すよ。』
『だが、その長寿法を白隠に聞きに行つた男は、君ぢやなかつたかね。
ハゝゝゝ』
むき はさ
僕が此の言にY君は黙つて了つた、床の間の花瓶の向を換へたり、挿
んだ松と梅との枝振をなほしたりしてゐた文教さんは、僕の方に開き直
つて、
な
『けれども先生!木でも芽が幹と伸り、枝を生じ葉を生じ花が咲いて
いき/\
実を結ぶまでは、如何にも生々した感じが致しますが、実が落ち葉が
落ち枝が枯れ幹が朽ちるのを見て居りますと、そゞろに刻々臨終の思
ひが致しますね。』
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