『Y君――何日か君の云つてた鏡の池…………』
からか い
揶揄ひ半分に僕が斯う言で掛けると、
そ れ こ れ み
『其話よりも恐れ入りますが、何卒此像を鑑てやつて頂きたいもので…
………』
あ い か
『彼の白蛇話をしちや不可ぬ』
いきなり
といつた目配せと共に、Y君は突如、一箇の木像を僕の前へ差出した。
め つくりばなし
『さてY君奴!可い加減な作為話をしよつつたのかな…………』
み
と僕は心の中に疑ひながら、早速其像を観て鑑ると、三尺有余の観音と
も見える弥勒像である。
『はてな?此像や何処かで観たやうだぞ…………』
僕は一見、忽ち斯う叫んだ。而も次の瞬間、昨夜Y君宅に一泊した時、
見た不思議な夢を思ひ出した。
こ れ
『此像や正しく大塩中斎の黒焦死体だ!』
びつくり
文教さんは勿論、Y君も吃驚した。
ど
『先生!貴方怎うかなさつたのですか?』
い ふたり まさ
異口同音に斯う叫つた両者の眼は、正しく狂人を見るの不安に輝いてゐ
る。
わ け い ゆうべ
『事情を話はなけや分るまいがね、実は僕、昨夜、夢に中斎の黒焦死体
ど
を見たのだ…………怎うも不思議な事もあるものだねえ…………其の黒
焦死体が此の木像ソツクリだから驚くぢやないか。』
一座は死の如き寂黙に帰した。
み つ
『わるくすると、中斎の墓は発見からないかも知れないぞ。』
ひとりご
僕は覚えず独語つた。
こ れ い つ
『何うも不思議ですねえ。しかし此像は何時頃の作品なのです?』
み つ な
偶像を凝視めて偶像の如うに化つてゐたY君の斯の質問に、僕も漸つと
そ れ
己れを見出したかの如う。併し、仔細に其像を諦視すると、其像は正しく
まが
観音像でも弥勒像でも無く、擬ふ方無き南蛮仏であるのに尚の事驚いた。
|