Я[大塩の乱 資料館]Я
2015.8.18

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「大塩の乱関係論文集」目次


『最後のマッチ』(抄)
その36

岡田播陽(1873-1946)

好尚会出版部 1922

◇禁転載◇

六一 墓前に捧ぐる好箇の供物

管理人註
  

      い つ                 し  さか  『先生は何日だつたか「仏教は山に根ざし儒教は市に穣り、伴天連は海  に薫る」とか云はれましが、泉州堺なども可なり伴天連臭かつたやうで               アーメンじ   い            すね。同市中之町五貫屋筋に阿免寺と称ふ浄土寺があります。恁うやら  それは天正頃に建てられた吉利支丹寺の変化らしいのです。本尊の阿弥                  あ れ  陀仏も変ですが、ひよつとしたら彼仏もゼウス像の変化かも知れません  よ。』  と、僕が嘗て誰かに話した話を話すY君の顔を見て、誰かに送つた品物 を外の人から贈られたやうな心地がした。                            つば  『それに此間、大道筋の骨董屋が遣つて来まして珍して刀鍔を見せて呉           オリーブ クラウン  れました。それには橄欖や王冠などが彫られて、羅馬字で花卉摸様が出  来てゐましたが、何かキリシタンに因んだものではありますまいか。』          たんと  『それや、昔から沢山ある。南蛮渡来の物であるが、日本でも沢山摸造  が出来てゐる。基督は身に寸鉄を帯びなかつたが、其の信者、特に彼の        ナイト  欧洲中世紀の騎士なる者は、周囲から来る圧迫の反動から、基督的信仰      かたま                        つるぎ  の熱血で凝結つて居た。其の精神は閃いて利刀に拍象された。而も剣を  以て其の教法と国家を護つたものだ。それで彼等は刀にクリストに因ん       るこく  だ標号を鏤刻するは勿論、鍔を長くして、聖黙の象徴たる十字架に形取  つて、自己の内部に潜める愛情と尊厳が、其れに依つて象徴されてゐた              もやう  のである。君の見た羅馬字剣様も CHRIST 即ちクリストの名号六字から  採つたものに相違ない。』  『併し基督は「剣を執る者は剣によりて滅ぶべし」と誡めてゐるぢやあ  りませんかそれにその信徒なるものが剣を執るのは、聖訓に背く訳ぢや  ありませんか。』  『だが「剣を取る者は剣によりて滅ぶ」と戒めたキリストは亦、「我来        きた  りしは平和を来さんが為に非ず、刃を出さんが為なり」とも曰つたでは  ないか。キリストは平和を愛したが、然し、其の平和は彼れの志操を売                          つてまでも保たねばならぬものではなかつた事は論ふまでもない。勿論  剣を取る者は剣によりて滅びる。それも真理さ、コンベンゼーシヨンの  真理さ。それを承知の上で、言換へたら、自ら剣によりて滅びるべきを  覚悟の上で、正義人道の為に、敢て剣を執つて起つと云ふ、其処に吉利  支丹戦士の犠牲的精神があるのだ。』          『中斎先生が已むに已まれず剣を執り砲火を放つて、甘んじて乱魁とな  られたのもやはり同一の精神であつたのでせうね。』              『勿論さ。仁の権化と称はれた孔子が文武を憲章し五倫と共に五悪を説           ナイト  いた如うに、正義の騎士は破壊を喜ぶからね。偽善のマスクを破壊し、  臭い物の蓋を破壊せずには居られないからね。』    もつとも  『御道理。聖者の言文ほど恐ろしいですね。』        けごん     メ シ ヤ  『そら慈悲の化現たる救世主は凄まじき怒りの裁判官であらねばならな  いし、聖書がイスラエル人の刀剣史であり、洗心洞剳記は生命的殺哲学  だからなあ。』                  もたら          たねがしま 『それでシヤヰ゛エルが吉利支丹を齎すと、同時に間も無く多島(鉄  砲)が渡つたのですかね。』           つるぎ             いのち  『そら般若は智慧の利剣、否、智慧の果実を生ずる生命の樹は燃ゆる剣   まも  に護られてゐるからね。武器が愛と力の表象たる所以である。兎に角、    オリーブ クラウン          つ ば  其の橄欖と王冠を飾つたキリストの刀鍔が、若し君の手に入るなら、中                       くもつ  斎先生の英魂を慰むべく墓前に献ぐべき好箇の供物であると思ふよ。』                   さざんか           なか  斯う云つて僕は道を曲らうとすると、茶山花の咲乱れた裡に苔蒸した大       にこやか  た               つ きな石地蔵が莞爾に佇つてゐるのが目に触いた。































































コンベンゼーション
compensation
償い、賠償、代償
 


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