Я[大塩の乱 資料館]Я
2015.8.27

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「大塩の乱関係論文集」目次


『最後のマッチ』(抄)
その43

岡田播陽(1873-1946)

好尚会出版部 1922

◇禁転載◇

六八 蠑螺のやうな拳(3)

管理人註
  

           おく  小便をしてゐた為に、後れて入つて来たY君の声である。                        ど き ちが  『や、これや八多村の若旦那ですかえ、こんな奴気狂ひが飛び込んでう  せやがつたものですから…………』              かね  『馬鹿ツ!虎公。この方は予て話して聞かした大阪の○○先生だよ。』                                す く  電気仕掛の如うに虎公、堅く掴んだ僕の胸倉を、急に放して立ち萎縮ん だ。                                が ば  今まで、一言も発せずに静かに傍観してゐた、今一人の青年も、俄破と          ぬか 立つて来て僕の前に額づいた。  『初めてお目にかゝります。あなたが○○先生で御座いますか。Y君か  ら何時も先生の事は承つてゐました。私はY君と竹馬の友でMと申す青  二才で御座います。知らぬ事とは申しながら、虎公が飛んだ御無礼を働            まをしわけ  きまして、何ともはや謝罪辞が御座いません。ナニ腹の無い至つて可愛             どうぞ  い奴で御座いますから、何卒勘弁しておやり下さいまするやう。』           おちつき       まじめ  見ると眉目秀麗な、沈着のある、真摯さうな青年である。僕は間の悪る さうにしてゐる虎公の手を取つて、無理遣り上座に坐らせて、  『イヤお目にかゝるのは今が初めてだが、お二人のことはY君から聞い                    けふこつ  てゐましたよ。日本にも虎さんの如うな侠骨児が居られると思へば、真                    いき  に頼もしい。若しY君の来るのが、今一秒遅かつたら、僕は虎さんの鉄  拳を頂戴してゐるのだが、実に惜しい事だつた。』    ど う      しゝ                  『如何して、猪を手撃ちにすると云ふ、此の鉄拳で殴られちや、いかな  先生でも堪りますまいよ。』  Y君が苦笑する。  『打明けて云ふと、僕は実際生きてゐたくは無いんだ。といつて自殺を  する程の物好きも出来ないから、誰か僕を叩き殺して呉れる者があつた                     お て  ら、僕はそれこそ浄土へ迎へ給ふ弥陀の御手として、拝みながら往生す  る覚悟だよ。』     しやう                     もろて  上座に請じて置いた虎公、何時の間にやら下手に下つて双腕を組んで考 へ込んでゐる。               ふさ  『どうしたへ、虎公!えらう鬱ぎ込んでゐるぢやないか。』  M君が問ふ。  『イヤ、わたしや、此年になるまで、こんな辛い思ひをしたことは御座  いません。若い時分から喧嘩好きで、随分人様に迷惑をかけて来やした                 が、イヤもう今日限り喧嘩は止めちまつて、お袋にも安心させやせう。        ど     おゆるし  ○○先生、何うか御勘免なすつて、ハイ。』           にじ  鬼の如うな眼に涙が滲んでゐるのを見た僕は、一緒に泣き出したくなつ た。                         『中斎先生の墓が、君の目に見えたのも、全く爾うした本心の尊さがあ  るからだ。実は僕等はこれから君が数年前、チラと見たと云ふ先生の墓  を探しに行く途中なんだ。君!一緒に行つて呉れませんか。』  虎公はたう/\男泣きに泣き出した。  『とてるお口には合ひますまいが…………』  僕等の前へ酒肴を運んで来たお神さんも平身低頭、頻りに詫を言ふ。斯 くて一座は打解けて何だか一家族の如うな感じがして来た。且つ飲み且つ           ていたらく       う た        うたひ 語り且つ食ふといつた為体。M君が即興の短歌を書く、Y君が謡曲を歌ふ、    いさま               とき 虎公の勇しい猟話、それ/゛\の面白さに刻の移るのを覚えず、たう/\ よふけ 夜深になつて了つたので、一同此処に一泊することにした。

   
 


『最後のマッチ』(抄)目次/その42/その44

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