『それはさうと、匹田さんなり、誰からでも中斎の死所に就てお聞き及
びのことは無いでせうか。』
『大塩の死所…………さう/\隼之助老人は大塩先生は朝鮮へ行かれた
のだと言つてゐられたでごはすが…………』
『甲山か、六甲山へ入られたと云ふ説はお聞きになりませんでしたか。』
『聞いたどころぢやごはせん。私の若い時分にや専らその噂でごはした
よ。中には大塩先生は六甲山から登天せられたなどゝ云つてゐた者もご
はしたぜ。』
『六甲山から昇天!そいつは面白いですね。実は僕等はこれから六甲に
ど
墓を探しに出かける途中なのですが、首尾好く見附かるか何うか。一つ
易を見ては下さいませんか。』
ぢ つ
老神主は、しばらく、凝乎と僕の顔を見つめてゐたが、
『ようがす/\、一寸観て上げませう。』
むか
と机に対つたが、忽ち向き返つて、
『これはしたり!私としたことが、余りに御話が面白いので、お茶を入
わい
れることを忘れてゐました哩。』
つ
折しも松風の音を立てゝゐる鉄瓶から、熱湯を茶碗に注ぎ代へて、玉露
ブリキ さ じ
と書いた半錆の和蘭錻力の茶壺から、余りお粗末でなさゝうな茶を茶匙で
すく
汲うて、急須に入れ、
『Mさん、一寸これを願ひます。私はその間に易を断てるでごはすから
…………では皆さん一寸失礼でごはすが…………』
む
斯う云つて又候机に対き直つた。
|