やが ぜいちく
軅て「シャキツ」と筮竹を切る音、カチ/\算木を置き換へる音が聞え
しばらく もと かへ ど
たが、暫時して老神主は旧の座に復つた。しかし怎うしたものか、何と
も言はぬ。
ぢ い ど
『お老爺さん、何んな卦が出ましたのです?』
M君が問ふ。
『何うも、少し六ケ敷い卦が出ましたので、一寸判断に苦しみますぢや、
イヤ合つとるにや合つとるのでがすが、判断が何うも…………』
ひね
老神主は頻りに首を捻つてゐたが、やがて僕の前に易経と算木とを突き
つけた。
ちふうしやう じやうかうへん
『御覧下され先生!「地風升」の「上爻変」でがす。「上六冥升、
シ ル マ ニ めいしやう さつき
利于不息之貞」と出てゐますぢや。「冥升」と云ふのは、それ先刻
お話した通り、ヤツパリ中斎先生は六甲山から登天されたのでず。ま、
ま、 六甲山からでごはせいでも、兎に角冥升されてゐるにや違ひごは
た
せん。其処でこの上爻を中斎先生の霊と断てます。』
みつか
『それで発見るのですか。何うです?』
せきこ
Y君が急込むのを、
『まあ、お待ち下され!』
しだい
と制して、漸次に乗気になつて語り出す。
『其処でがすな、上爻が中斎先生とすれば、中斎先生の墓を探しにお越
げくわ あた
しなさる貴下方御三人は、下卦三爻に中るでごはす。さうすると三爻は
きつと
上爻と正応してゐますから必度中斎先生に遇はれるに違ひないでがす。
ハ ル ニ フテ ハ シメ フ お
然し「九三升虚邑遇而不遇、不遇遇」何様「冥升」の跡を趁ふので
しか たしか ま
ごはすから、確と其実蹟を確めることは能きぬかも知れませんぞ。況し
そんふう しやう
て下卦三爻に「巽風」の象があり、風の吹くこと定まりなし、これは心
さんぷうこ
迷ひの意、用心なさらぬと道に迷ふことあるの象、上爻変じて「山風蠱」
な
と化る。剛上柔下、高いところから墜落することあるの象、しかし第三
ごくわ いのち
爻から上爻までの互卦に「地雷復」がごはすから、生命に別條無く、無
事お帰りになることは請合ひでがす。』
がゝ や
何だか急に神憑りにでもなつたやうに、一種権威のある相貌をして断つ
の
て除ける。その判断の仕方に変なところはあるが、普通の売卜者と違つて、
ザツクバランに、一々卦象に拠つて判断して呉れたのが、僕には非常に嬉
しかつた。神主は頻りに僕の顔を見て、
『先生!あんたは易に達して居られるのでがしよ。』
『イヤ別に深い事は知りませんが…………』
た あなた
『イヤ私が易を断てゝ、何うしても判断が出来んでごはしたが、先生の
前に持ち出すと、何の苦も無くスラ/\と判断出来て仕舞つたのが不思
こんな
議でがす。私が若い時分、師匠掛りの時、やつぱり斯様事が度々ごはし
た。師匠に判断して貰はんでも、たゞ師匠の前に出さへすれば、不思議
に判断が下せたでがす。』
ど う
『如何して僕に、そんな造詣はありませんよ。しかし易断の当否は、占
者の人格と熟練に由ることは勿論ですが、亦依頼者の至誠が占者に感応
して其処に神来の黙示を得ると云つた消息のあることは僕も認めてゐま
すがね。』
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