まぎら かねきん のぼり
と大書された、天保の昔、床しき救民の義旗に擬はせた天竺金巾の幟が、
へんぽん うぶすな
翩翻として朝風に翻へる。ちやうど邑の土神が猿田彦なので、一同稽首
のち
三拝した後、勇気凛凛、有馬をさして繰り出したが、三人切りの時と違
こ
つて、歩きながらの横説縦談は、極めてガヤ/\然、ワイ/\乎ためも
もの
ので、田舎漢の団参を彷彿させる。
『山口村から船坂までの単調な登りの一筋道を、昨日は興味と衝動に充
こ ゝ
たされて無我無宙に辿り得られた反対に、今日は船坂から有馬への上り
まがり と ほ
下り、下り上りの変化の多い曲折路を、無趣味無感興で通過らねばなり
ますまいぞ。』
僕の傍を離れ得ないM君が斯う曰ふと、
『船坂は山口より五百尺高いですが、有馬は船坂を抜く事百尺に過ぎま
せん。そして有馬の方が近いのに時間は却つて余計かゝります。道路が
う ま
平坦なだけ、それだけ緊張しないからでしやう。それに情意合ひ同志だ
からだ
と、三人連れなら三人して、一人の身体を運んで行く程、楽ですけれど、
・・・ ・・・
異分子ばかりの集団は、おの/\一人でみんなををつぶして歩くやうな
ものですからね。』
だち
片脇侍のY君が応へる。
み
振返つて見ると、旗持の虎公と巳のやんは半丁ばかりの後ろにゐたが、
ほか おく
他の六人は十丁ばかりも後れて居る。
ど
『怎うしたのでせうね。』
M君は気遣ひながら、
あいつら つ
『彼奴等は今朝の先生のお話にチヤームされて、ホンの一時の感激で跟
さ が
いて来たまでであつて、怎うでも中斎の墓を探索さうといふ熱心は、カ
ラ無いのですからね。』
と呟く。
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