『さうばかりとも限るまいがね。やはり牛は牛連れ、馬は馬連れで、水
入らずの村人同志の語らひは又格別であらう。多少狂的な僕等の放言は、
そゝ
一時の好奇心を嗾ることはあつても、いつもかも聞かされては、日頃牛
うめ いなゝ
の唸き、馬の嘶きばかり聞きなれてゐる彼等の耳も、亦ウンザリせざる
を得なからうぢやないか。はゝゝゝ』
さ う つもり
『そりや左様かも知れませんが、先生のお話は大分聞きなれてゐる心算
の我々の耳にも、一寸通じかねることがありますものな。』
けな
『褒められてゐるのかと思へば、貶すされてゐたり、罵倒されてゐるか
と思へば、それが其の儘無上の讃美であつたり、変幻百態、容易に捕捉
で
することの能きぬのが、先生の怪弁ですからね。私の知つてゐる禅僧の
ごん
某が、最初先生にお目にかゝつて聞いた一言を、三日考へて漸つと其の
意義が分つたとか言つてゐましたぜ。』
そんな
『僕の知つてるソシアリストも何だか其麼こと言つてたよ。』
ゑ
『何、一言で会せざれば、千万言は尚更無益だ、而も真の了解は一言を
も要せない。三日考へて分つたと思ふその人達の意義は、まるで見当違
ひのものでなかつたら寧ろ奇蹟だが、又、真の談敵といふものは滅多に
そびき じつとく
得られないものだ、寒山に袖引出されては拾得も国清寺を出ない訳には
さ
行かなかつたし、マルクスもエンゲルスの為に生かされてゐた。山陽逝
こゝろね
つた後の中斎の心根が思ひ遣られるね。』
ふたり こんな はなし おく あえ
僕がMYを対手に斯麼対話をしてゐるうちに後れてゐた連中が喘ぎ/\
泳ぎ着いた。
『先生達の足のお早いのには感心致しましたよ。我吾共は怎うしたつて
追ツ付けやしませんや。』
『都会は電車がありますから、あまり歩かれることもないでせうにねえ。』
『山の中に住んでるものは怎うしても気が悠長なからなあ。』
ま
『わたしやまた、撒かれるのか知らんと思つて心配しましたよ。』
口々に賞讃され、弁解されても、僕は一向嬉しくもなければ、尤もだと
も思へなかつた。それは一同の顔に、何となく倦怠の色が漂うてゐるから
である。僕はこの時、寧ろこんな人々を連れて来たことを悔い初めた。真
に事を成すには、必ずしも多数の人を要しない。殊に其の事業の神聖なも
や
のであるだけに、尚更少数なるを便とする、大勢を集めて行る事にロクな
ことはありやしない。真箇の民衆主義は真箇の天才主義であらねばならぬ。
絶対の多数は絶対の少数でなくてはならない。僕はそろ/\僕自身が呪は
しくなつて来た。
しかし一行はもとの十四人、一緒になつて進んで行つたが、一向誰も口
き じゆず
を利かうとはしない。何だか糸の断れた珠数見た如うな心地がする。
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