い
駅前を西へ一町ばかり、滝川と名ふ銅でも流したやうな赤錆びた流れに
沿うた普請場に、大工や左官が大勢立働いてゐる。
こ れ こ ゝ かんゐ
『此建物が此地の簡易、ではない、間為食堂やさうです。』
き
M君が曰ふとY君が質いた。
『間為食堂とは?』
そ れ しごと
『其意は僕にも分らないのだが、儲かるやうなら村の営業にし、損がい
たしか
くやうだつたら、自分の営業にする意味で無いことは確実だよ。ゝゝゝ』
とかく
『併し、子供は大人を真似たがり、娘は左右母親を真似たがるものだよ。』
ふたり こんな わけのわか こと い しんだち
YMは此麼楽屋落らぬ言を吐ひながら直ぐ傍の旅館めいた新建へ入つた。
うち それ
庄屋殿とかの宅らしい。宅は神戸、三田の両街道を扼したステーシヨン
からの通行路、さながら此地に流れ込むほどの客を、一人漏さず掬ひ込む
網でゞもあるかの如き位置に在るのだが、正月早々物騒な「救民旗」を押
し立てた同勢に襲はれては、さすがの庄屋殿も、こは一大事と驚かれたか、
ふたり
知合らしいMYが中斎探墓の事を述べかけると、庄屋殿ともあらうものが、
一瞬間もそれを脳裡に止められて、問題にされる余裕もないらしく、忽ち
反射的に否定される。
そんな
『イヤ、其麼事あゴワセン、六甲に大塩の墓があるなんて…………そん
な事あゴワセン、イヤ/\六甲にはゴワセン…………』
ふたり
埃も灰もつきかねるほどの身の振はせ方である。MYは撫でゝやらうと
した犬に、リンと吠えつかれたやうな心地がしたらしい。
『強訴ぢやあるまいし、然うまで武者震ひをなされませいでも…………。』
『御安心下さい!墓探しの東道を強制する了見は夢更ありませんから……
……。』
ふたり はう/\
YMは斯ういつて這々の体で飛び出した。
くは
『支那戻りの道具屋を咥へ込んで客引に忙殺されて居るやうです。はゝ
ゝゝ』
い
一行中の一人は斯う戯つて笑つた。一同が滝川の東詰を南へ向つて来る
き ざ つ
と、気障なハイカラ建築が目に触いた、レスト−ランか知らんと看板を見
ると、高等何とか鉱泉とある。時計を見てゐたM君は曰ふ。
『正月四日の午後二時といふのに、庭に一足の客下駄も見当りませんね。
わい きもいり
成程、看板に村立とあります哩。庄屋殿の胆煎に出来た浴場でがなあら
うよ。はゝゝゝ』
此の浴場から更に数丁南、旧温泉へ廻る東北角に、新温泉と名づくる可
こ ゝ な か
なり古い浴場がある。此浴場も高等と銘を打つてはゐるが、屋内に入つて
見ると、
ふさ こちら
『皆塞いでゐますから、暫く此室で…………』
せゝこま
と番公、一同を狭隘しい待合室へ案内する。
『皆塞いでゐるとは?』
き
M君が質くと、
『六ツの浴室に、六組の客ですから…………』
こた
番公は応へた。
たうらい
『あゝ六家族の御湯来ですな。』
済ました顔してY君、何だか謎のやうなことを云つてゐる。
こ ゝ つがひ
『僕が子供の時分には、此浴場の表に鴉が一番飼はれてゐたよ。それは
こ ゝ
昔、中野村の百姓が有馬の温泉を鴉に教へられたと云ふ因縁に由つての
そ れ な そ れ
事だつたが、其鴉が其の後金属製の烏に変つてゐた。所が、今は其烏す
ら居なくなつてゐるのは、有馬温泉滅亡の前兆かも知れないね。』
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