すゝ た ば こ くす
斯う曰つて、阿爺は一同に茶を侑め、スパ/\田葉粉を燻べてゐたが、
わい
『さう/\御隠居から貰つた画帖があります哩。』
主人が傍の袋戸棚から出して見せて呉れたのは、一見人を惹きつける玄
人ばなれのした春画であつた。巻頭の「天三地六神一無法」の題字も面黒
そ そ れ たいし なやみ
い。而して、僕には其画が何故応化自在の観音大士が苦悩の衆生を済度し
給へるかの如うな、魅力的な熱情の裡に一種荘厳な、そして真純な感じが
する。数へて見ると男女ともに三十三体あるのも妙であるが、昔の貴族温
い あ
泉を偲ばせる善導大師の浄土変相図を模したとか伝ふ彼の当麻寺の曼荼羅
ゑしん
や智光曼荼羅が聯想されたり、恵心の仏画が思ひ浮んで来るのは更に不思
議なことである。勿論一味の共通点かせあるからだらう。それに支那の善
導は我国の恵心ではないか。而も、恵心の仏画は山林の浮世絵でないか。
市井の仏画師たる師宣、春信等が未見の師ではないか。』
おも
僕は斯うした懐ひを胸に描いて居たが、
こんなてかけ も
『斯様嬖、妾でしたら、有たれる方が家庭は円満でせうね。』
Y君は皮肉つた。
も おしまひ
『イヤ斯ういふものを観て満足する如うになつたら人間も既う終焉です
よ。はゝゝゝゝ』
つや/\ はくぜん
顔色の艶々しく輝いた白髯の美少年とも云ふべき阿爺は斯う曰つて笑つ
た。
こ れ
『然し、此書や白鳳頃の仏像と一緒ですよ。』
僕が斯う曰ふと、古美術好きの万葉歌人Y君は語る。
シンボル
『成程、白鳳、天平の円満、豊麗な仏像は性欲の象徴ですね。万葉集に
発売禁止に値ひしさうな歌があります如うに、薬師寺の吉祥天や法華寺
たしか しろもの
の十一面観音などは今日ならば慥に特別室の代物だらうと思はれますな、
彼の一刀三礼などゝ伝はれて居る古い名像の胎内に○○○○○や○○○
したゝ ほ ご つめこ
○○が描かれてあつたり、淫靡な俗謡などの認められた反古が充ゥまれ
て居たからつて、何も目を円くするにも当らないよ。何せ経論章疏から
して、謂はゞ文字の春画であり、仏像は勿論、仏具から伽藍まで生殖器
の変形だからね。はゝゝゝ』
こん/\ げん
何時の程にか僕の株を奪つて了つたY君の滾々と流れる斯うした言に、
M君はたうだう泳がされた。
『蓋しそれは元始的真純性に根ざしたそれで、今日の所謂肉的なるもの
いづく み
で無いよ。そら何国如何なる島の神話に徴ても、早い話が記、紀二典や
によい
大祓などの女意に徴ても元始人、如何に純真であつたかゞ窺はれるが、
そうもく
花が草木の生殖器たることは言ふまでも無いが、これ見よがしなる草木
かく かく
の花が、人心を浄化するのに反し、生殖器を蔽せば掩すほど、淫風吹き
すさ
荒み、一切が肉化されるに至つた人生は呪ふべきではないか。』
僕は閘門の戸を引抜いた。
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