どなた
『誰方も何卒此方へ…………』
ほてつ こ ゝ よ
酒は頬照た此寺の世話方らしい五十男が、一同をを招びに来た。一同揃
つてゾロゾロ庫裡に入つて行くと、庫裡の大広間には大きな机を置いて酒
いま たけなは つ
肴が盛り上げられてゐる。乃し酒合戦が酣らしい。首を縊つたのぢやない
かとM君が心配してゐた住職は、
『オヤ先生!御機嫌さん…………』
た そ れ
僕の顔を見るなり座を起つて来て奥へ案内して呉れる。意外にも住職は
じやくそう
船場の真言寺にゐた快活で洒落で元気な若僧である。
いじ こんな ところ
『先生、高野山で三年も苛められた挙句の果に、恁麼仕様も無い寺院へ
ほ
放り込まれて困つてまんね。』
てんご
『金も無い癖に高野山などに三年も居た罰ぢやないかね。イヤ顛娯ぢや
まん だ ら
ないよ。有馬温泉ですら貧乏人は寄付けないからね、而も況んや寓銀貨
温泉をやだはゝゝゝ』
くみ
『阿呆らしい!私等は、氷を浴び、イヤ寒夜に曝した置きの水の氷を
げんこ じき ゆ か
拳固で破つて、一採一食で、事相教相を腹に叩き込み、三密瑜伽の業を
や
修つたのですぜ。十八道から両部曼荼羅、儀軌は勿論、観法観念に骨を
折りましたぜ。』
うへ
『山中、冷水を浴て観念三昧に入る。それに上越す避暑法もあるまいぢ
やないか。』
う だ
『有駄々々言ひなはんな。寒中の苦行だすがな…………』
『それぢや御祈祷は能う利くだらうね。』
あひて きゝめ
『そら対者が本当に信仰して呉れやはつたら、直ぎ効験を顕はして見せ
ますが、そやなけりやあきまへん。』
『すると赤ン坊の病気には絶対に駄目な訳だな。』
こ ゝ よ け
『そんな無茶言うて貰ふたら、どうもならん、此寺へは女が余計参りま
おも
すが、どちらかと云ふと、赤ン坊の病気祈祷が主だすよつてな。』
『イヤ相変らず元気で結構だ。或は君は、女人解禁になつた時、イの一
ばつそん
番に高野へ登つた女人の末孫ぢやないかね。尤も今は解放とも何とも言
はぬ先から、飛歩いてゐる女人が多いけれどなあ。はゝゝゝ』
あ た
『エロー女人に攻撃つて居られますが、其癖男さんばかりで一体何処へ
行きやはりまんのや。』
『大勢の赤ン坊が死にかけてるんで、六甲山中へ御祈祷に来たのだよ。』
ど や
『六甲山中で御祈祷…………山中の何の辺で行りやはるんだす?』
『それをこれから捜しに行くのだ。どうだね一緒に行つちやあ。』
『大勢の赤ン坊て、皆さんのお子達だんのか。』
『お子達てせもあり、親達でもあり、又皆さんでもあるのだ。』
『ヘエ…………』
『実は大塩中斎の墓が六甲山にあると聞いたので、それを捜しに来たの
だよ。』
そ れ
『あゝさうだつか。併し其墓なら船坂の方やおまへんか、わたえも船場
こちら
に居つた頃、さう云ふ事を聞いとりましたんで、此寺へ来てから村の人
い ひと
に尋るて見ましたら、其墓や船坂と甲山の間やらうと応つてた者がおま
したぜ。』
からと
『イヤ四五年前、わたしや唐櫃の方で見やしたんで…………』
き
何にも言はずにゐた虎公、毅つと斯う叫んだ。
そ れ
『わたしも昨年の秋、はつきり其墓を見たんです。』
巳のやんもやんわり応援する。
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