Я[大塩の乱 資料館]Я
2015.9.26

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「大塩の乱関係論文集」目次


『最後のマッチ』(抄)
その70

岡田播陽(1873-1946)

好尚会出版部 1922

◇禁転載◇

九〇 諧謔を解せぬ女は妻たるの資格が無い(1)

管理人註
  

  みんな  『一同は墓を見つからなかつた為に勇気いよ/\凛々たるものがある。』   ふたり                あか         せきやう  とYMが報告して呉れた時、山の雑木林を紅く染めてゐる美しい夕陽を な が              い 遥望めて、僕は斯う答つた。   『日の暮れかゝる前は、遥かに明るくなるものだねえ。』             心が読めなかつたか何うか、MYは又もや甲斐々々しく先導して進む。   くら              おもむ 昼猶闇き深林に差しかゝつた時、僕は徐ろに一同を諭して、もう探墓の第 一予定線を超えたのだ、これから先、いよ/\有望の度を加へて来ると共 に、また危険の度も甚だしくなるから、帰つた方が可いと慫慂した。しか                             あちら し誰一人「それでは帰りましやう」と申出る者が無かつたが、彼森へわた  こちら                       せだけ り此峰を越えて更に二十町ばかり、六甲の最高峰の頂点近き、身長以上の 熊笹に包まれた山腹の蜘蛛ケ岩――これは土中から露出せる奇巌に心経が 鐫りつけてあつて、多聞寺の先住の発起だと謂ふ――に達した時、                      いとま  『先生が、あれほど言はれるから、ぢやあお辞しやうぢやないか。』  到頭本音を吐く者があつた。                          ひ             たて  周囲は不気味なムードに包まれて白刃の如うな風が凍え切つた五体を縦 よこ       つんざ 横十文字に劈く如うな心地がする。  『こゝまで来て、見附けずに帰るのは惜しい事ぢやなあ。』               『そんなら、何処までも跟いて御座らつしやれ!』  と云つたら、義理にも勇み立ち得さうな者は、一人も見かけられぬのに 拘らず、未練がましく斯う装ふ者もあつたが、余人は兎も角、先達と頼ん                     ぜいいう だ虎公、巳のやんも加はつた、結局十一人の贅疣団は、僕等三人を残して、 此処から下山することになつた。  斯うなる事は、最初から分り過ぎる程、僕には分つてゐたが、YMには 驚心駭目的な意外であつたらしい。                『君等も一緒に下山したら怎うだね。』     からか  と僕が揶揄ふと、二人は又意外にも、  『先生!そりや本当ですかな。』               むく  と来た。諧謔が真面目を以て酬いられた訳である。その糞真面目に対し              くらゐ ては、僕と雖も勢ひ半真面目位にはならざるを得ない。  『本当だとも!墓探しは実際僕一人で沢山だ。君等も痩我慢を張らずに、  彼等と一緒に帰つた方が、君等の為には勿論、僕の為にも行いのだ。』  キツパリと言ひ切つたが、僕の心では、半ぱ依然として諧謔であつた 。所が反響はいよ/\僕に不利なるものであつた。                    いとま  『ぢやあ済みませんが、これで私共もお暇いたします。まあ随分お気を つけられて…………』  と、Y君が云ふと、  『お怪我の無いやうに、危い山路を辿る時に、どうぞ稲荷の辻占が悪か  つた事をお忘れにならないやうに…………』     ひとり  と又、M君も言つた。


   


『最後のマッチ』(抄)目次/その69/その71

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