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ぼく
『ナーニ「宅は之れ卜するに非ず、唯隣、これ卜するなり」と古人も曰
つれ うらな
つてるから、我が身の事より連の心を卜ふことを忘れ玉ふな。』
『イヤ先生!御縁があつたらまたお目にかかりましやうが、若し不幸に
きつと ぐるり
して、墓が見つからうものなら、先生は必度発狂して、一生墓の周囲を
廻つてゐられるのでしやう。』
『そんな下らぬお附合ひは真ツ平御免。ぢやあ、左様なら…………』
ふたり こんな
MYが真顔になつて交る/゛\ 斯様挨拶をする。冗談ぢやないぞ、今
の今まで心に頼み切つてゐた二人、股肱とも、両脇侍とも、鳥の双翼とも
つれな
車の両輪とも信じ切つてゐたYとMは、今無情くも僕を見棄てやうとする
のである。事が余りに意外である。又突如として起つたので、僕は殆ど急
すべ
に秩序を失つた頭脳の混乱を整理する術を知らなかつた。思へば口は禍の
もと ごん
門である。僕の一言の過ちから、僕はいよ/\一人ボツチになつた。しか
し たび
し駟も舌に及ばず、一度言つた事を取消すのも男らしくなければ、詮方尽
きて兜を脱いで降参するのは更に女々しい。況や未だ詮方の全く尽きたり
と云ふにもあらざるに於てをやだ。斯うなつたら僕も意地だ、職工のスト
たとへ がへん かなつんぼ
ライキに、縦令工場が潰れやうが、断じて妥協を肯じない工場主の金聾よ
い
ろしく、必死を覚悟して、僕は流石に一言の愚痴も澪はなかつた。
つ
『ぢやあ御苦労でした。君等もよく気を注けて帰り給へ!』
勿論喧嘩別れではなく、又寸毫も感情を害してゐる訳ではない。其処は
をとこ れいらう
男性同志だから、心事は玲瓏として綺麗なものだ。これが若し異性の間柄
まさ
であつたならば、正しく感情の衝突、思想の誤解から離縁となるところで
おもんみ わざはい つもり
ある。つら/\以るに、禍の濫觴は最初僕が諧謔を弄した了見なのが、そ
れを先方には糞真面目で答へたといふ所に存する。して見ると諧謔を解せ
ぬ女は、人妻となる資格の、重要なる部分を欠いでゐると云つてよい。併
し近代に於ては、男性が大分軟化して、斯うした誤解衝突の場合に、男だ
てら忽ち女性化して、アベコベに妻君に詑を入れる。御機嫌をとる。大い
さが りん
にヤニ下るに吝ならざるものがあるから、天下は何処までも太平である。
さていよ/\別れるといふ一段になつて、僕の主唱で、
『大塩先生万歳…………』
を三唱した。その声は谺に響いて、何処か、其処等辺りに、鎮座ましま
す中斎の霊に通じてゐるかの如く、折からの木枯さへ、何となく霊のいぶ
ふたり
きかの様に物凄く感じられた。すると引続きYMの首唱で、
『○○先生万歳…………』
が、一同によりて三唱されたので、僕は一寸面喰つた。而して南と北の
みち
二路に別れたが、先方は大勢、僕は一人、見返る眼、呼びかはす声、感慨
は実に無量であつた。
けんく も
時も時、懸鼓の如くしばし西の空にたゆたうてゐた夕日が、既う半ば地
からくれなゐ
平線から隠れて、その唐紅の色は大分朽ちかゝつて来た。所謂暮色蒼然と
して到つた頃ではあるし、僕と雖も言ひ知れぬ凄惨の感に打たれて、恐ろ
しく心細かつたことは、残念ながら事実である。
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駟
四頭立ての馬車
駟も舌に及
ばず
言葉の伝わるのは
四頭立ての馬車よ
りもはやい
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