Я[大塩の乱 資料館]Я
2015.9.27

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「大塩の乱関係論文集」目次


『最後のマッチ』(抄)
その71

岡田播陽(1873-1946)

好尚会出版部 1922

◇禁転載◇

九〇 諧謔を解せぬ女は妻たるの資格が無い(2)

管理人註
  

          ぼく  『ナーニ「宅は之れ卜するに非ず、唯隣、これ卜するなり」と古人も曰               つれ     うらな  つてるから、我が身の事より連の心を卜ふことを忘れ玉ふな。』  『イヤ先生!御縁があつたらまたお目にかかりましやうが、若し不幸に                    きつと          ぐるり  して、墓が見つからうものなら、先生は必度発狂して、一生墓の周囲を  廻つてゐられるのでしやう。』  『そんな下らぬお附合ひは真ツ平御免。ぢやあ、左様なら…………』  ふたり             こんな  MYが真顔になつて交る/゛\ 斯様挨拶をする。冗談ぢやないぞ、今 の今まで心に頼み切つてゐた二人、股肱とも、両脇侍とも、鳥の双翼とも                    つれな 車の両輪とも信じ切つてゐたYとMは、今無情くも僕を見棄てやうとする のである。事が余りに意外である。又突如として起つたので、僕は殆ど急                  すべ に秩序を失つた頭脳の混乱を整理する術を知らなかつた。思へば口は禍の もと            ごん 門である。僕の一言の過ちから、僕はいよ/\一人ボツチになつた。しか          たび し駟も舌に及ばず、一度言つた事を取消すのも男らしくなければ、詮方尽 きて兜を脱いで降参するのは更に女々しい。況や未だ詮方の全く尽きたり と云ふにもあらざるに於てをやだ。斯うなつたら僕も意地だ、職工のスト      たとへ               がへん           かなつんぼ ライキに、縦令工場が潰れやうが、断じて妥協を肯じない工場主の金聾よ                         ろしく、必死を覚悟して、僕は流石に一言の愚痴も澪はなかつた。                      『ぢやあ御苦労でした。君等もよく気を注けて帰り給へ!』  勿論喧嘩別れではなく、又寸毫も感情を害してゐる訳ではない。其処は をとこ                 れいらう 男性同志だから、心事は玲瓏として綺麗なものだ。これが若し異性の間柄         まさ であつたならば、正しく感情の衝突、思想の誤解から離縁となるところで        おもんみ   わざはい              つもり ある。つら/\以るに、禍の濫觴は最初僕が諧謔を弄した了見なのが、そ れを先方には糞真面目で答へたといふ所に存する。して見ると諧謔を解せ ぬ女は、人妻となる資格の、重要なる部分を欠いでゐると云つてよい。併 し近代に於ては、男性が大分軟化して、斯うした誤解衝突の場合に、男だ てら忽ち女性化して、アベコベに妻君に詑を入れる。御機嫌をとる。大い    さが   りん にヤニ下るに吝ならざるものがあるから、天下は何処までも太平である。  さていよ/\別れるといふ一段になつて、僕の主唱で、  『大塩先生万歳…………』  を三唱した。その声は谺に響いて、何処か、其処等辺りに、鎮座ましま す中斎の霊に通じてゐるかの如く、折からの木枯さへ、何となく霊のいぶ                     ふたり きかの様に物凄く感じられた。すると引続きYMの首唱で、  『○○先生万歳…………』  が、一同によりて三唱されたので、僕は一寸面喰つた。而して南と北の  みち 二路に別れたが、先方は大勢、僕は一人、見返る眼、呼びかはす声、感慨 は実に無量であつた。      けんく                       時も時、懸鼓の如くしばし西の空にたゆたうてゐた夕日が、既う半ば地           からくれなゐ 平線から隠れて、その唐紅の色は大分朽ちかゝつて来た。所謂暮色蒼然と して到つた頃ではあるし、僕と雖も言ひ知れぬ凄惨の感に打たれて、恐ろ しく心細かつたことは、残念ながら事実である。

























四頭立ての馬車

駟も舌に及
ばず
言葉の伝わるのは
四頭立ての馬車よ
りもはやい
 


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