うゑき や
『此前此山へ来ました時は、まだ貧乏を知らない時で、蠧駄師を連れて
庭樹を探しに来たのだから、自然に対する親しみなんてありやしなかつた。
かぎ ひと
金の為に心が画られて居たのだらう。山よりも海よりも他の別荘や別荘地
つ みつ
ばかり目に触いたからなあ。つまり金を変形させてそれを凝視めて居たの
だ。』
こんにち
『併し、今日の山岳は何だか倉庫を蔵する倉庫ではないかね。官有林、
い
私有林といふ樹木の倉庫ではないか。史は詩也と許はれる事程、左様に
日本歴史の美化されたのは、秋の瀬戸内海が平家を、春の吉野が南朝を
彩つたからでもあるが、その吉野方面の、殖林地帯に行つて見ると、樹
か
皮を剥いで一々所有者の名前が記いてあるの
レ ノ ザランヤ ニ
で、「これは/\」と呆れるよ。「渓声是算盤音。山岳豈非商業地」
かね。はゝゝゝ』
ふたり こんな こ と き
MYが斯様対話をいつて笑つてゐる。と道が左右に岐れて来て、忽ち行
手に迷はしめる。大地の底から滲み出る水の如うに内部から湧き上つて来
いねう きづな
る止めて止まらぬ求道心と、身辺を囲繞する幾多の羈絆とが、両頭の蛇の
如うに、相噛み、相争ふ自己の心の象徴ではあるまいかなど思はせる。進
んで超然孤高の態度も取れず退いて和光同塵たる能はざる自分を省みざる
こ ち まばら
を得ない。やがて三人は針の如うな東風に吹かれながら、残雪に斑白な谷々
を経廻つて、中斎の墓の所在を探つて行つた。藪や枯芦に蔽はれた大石小
よ は
石を踏んで太古の匂ひに陶酔される。渓谷の精に助けられ、山神の加護に
しんたい
依るのか否やは知らず、身体はます/\元気活気に満ちて来る。しかし林
木から来る雪解けの水に浸りながら、谷を渡り丘を越え、足に任せて、深
く/\奥へ/\と入つて行つた。然し、方角すら分らなくなつても、遂に
おこ しをり
出られ無くなりはしないかなど云ふやうな心持は生らない。帰りの栞して
置かうといふやうな心の生らうはずもない。裏六甲の深林中、最も奥らし
じんかん ゆうすい ほらあな
く想はれる人寰を遠ざかつた幽邃な鬱林中に、人の十数人も入れる洞窟が
ある。丹後の経ケ崎辺りの山中や丹後との境などには、今尚花咲爺やカチ
い ひよつ
/\山の婆さんが住んで居るとか伝ふことだが、万一としたから中斎党の
こをどり うちら
子孫でも、と僕は雀躍しながら先に立つて窟内へ入つて見たが、子猿一匹
すぼ
見当らない。洞穴は中で窄んで奥は一層広びやかである、
ど かんくわく こ ゝ いかゞ
『怎うです先生!此世ながら棺槨として此窟に幽棲する事にして如何で
しづか
せう。斯うした静な境域に、たゞ三人住むことの寂しい深い楽しさは他
にありますまいぜ。』
じようだん
と串戯半分にY君 が曰ふと、M君は真顔になつて、
おちつき
『イヤ私も宅を出ましたから、漸つと今心が沈着きました。イヤ数年間、
おも
念つてゐた沈着が今漸つと得られた如うな心地がします。実際私は何時
ど う
も悲哀に襲はれてゐるものですから、如何かしてそれから逃避したいと
あ せ
焦慮つて居た為に、却つて悲哀に取憑かれてゐたのかも知れませぬ。砂
漠の果の夕闇を、目的も無く一人淋しくテクつてゐる如うな淋しさが感
ばられるので、方向変換をやらうと思つて何ぼ道を転じても同じところ
つと つもり
へ出るのです。久しく光を求むべく力めて居た了見が、却つて光を蔽ふ
陰が色濃くなつて来るので、自分自身が頼り無くなつたのです。私が救
ひか、亡びか、どちらかに決まらないと埒があかないのです。或は救は
れやうとするから亡ぶるのかも知れませんが、どうも亡びやうとは思は
れないですからね。』
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