Я[大塩の乱 資料館]Я
2015.10.6

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「大塩の乱関係論文集」目次


『最後のマッチ』(抄)
その79

岡田播陽(1873-1946)

好尚会出版部 1922

◇禁転載◇

九三 涙の光(3)

管理人註
  

        うゝつ                   ふたり  斯うした考慮に幻を抜かしてゐた僕が、我に返つて見ると、YMは寒さ うに、淋しさうにしてゐる。チラ/\雪が降つて来た。何処か宿るところ を相談すると、少し下つた峠の絶頂に一軒茶屋があるのであるが、冬期は                   ど ち ら 閉されて人も居無いとか。といつて、東西南北向いても人家がありさうに                                そ こ も思はれない。此処から東数丁行くと、船坂六甲の頂上に達する、其頂に は白山権現祠があるとのことゆゑ、行つて見た。小さな石の祠であるが、                      三人僅かに膝を容れ得る拝殿がある。僕等は怎うしても一夜を其の御加護  もと             の下に過ごさねばならぬ運命を有つてゐるのである。白山権現とは死の神       しん  じん   しん であらうか、神は尽なり進なりで、古賢の所謂形動いて形を生ぜずして影                ひゞき       む を生ず、声動いて声を生ぜずして響を生ず、無動いて無を生ぜずして有を 生ず。形は必ず終りあれど無には終りが無い。死は有終より無終に入るの               リ    ニ     ル  ノ ニ          門であり、老子の所謂「精神帰其門骨骸反其根」列子の所謂「精神離 ヲ     ノ ニ  ニ    ヲ ト  ハ 形各帰其冥故謂之鬼鬼帰也」であつて、我等が永遠の故郷に帰る門か                    ちよく のやうな心地もする。不図堂外を見ると、矗々として天心を刺した大樹の              下、谷に臨んだ懸崖の端に衝つ立つた後ろ姿はY君らしいが、何かしら蕭    か  そこな                      てんぺう 白が画き損つた菩提樹下の釈尊然たる感じをさせる。枯葉は天に翻へり、       あたり 紫色の夜霧が四辺を染めて、姿を見せずに何鳥か鳴いてゐる。「石崖に小                               くちすさ 便すればチンコロリン」、秋水を抜いて来たY君が、こんな妙句を口吟み つゝ帰つて来たのに徴しても、万象凍る山頂の冷たさ、寂しさが察せられ                      ふる やう。夜の更くるまゝに月も凍つて色蒼く、星は慄えて落ちさうだ。真つ                 さなが 白い雪を封じ込めた真ツ黒い峯嶺は宛ら白骨の塔と見えて物凄い。僕の見 る所、一として生気ある物はない、一切の物が死んでゐる。凍えてゐる。                               よこた 黙してゐる僕の分身とも云ふべきYMすら鼾もかゝず死体の如うに横はつ              まつご て仕舞つた。あゝもう地球の末期が来たのではあるまいか。而して僕こそ 最後に残された一人の人類なのであるまいか。


章名は目次よる
(本文にはなし)
 


『最後のマッチ』(抄)目次/その78/その80

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