うゝつ ふたり
斯うした考慮に幻を抜かしてゐた僕が、我に返つて見ると、YMは寒さ
うに、淋しさうにしてゐる。チラ/\雪が降つて来た。何処か宿るところ
を相談すると、少し下つた峠の絶頂に一軒茶屋があるのであるが、冬期は
ど ち ら
閉されて人も居無いとか。といつて、東西南北向いても人家がありさうに
そ こ
も思はれない。此処から東数丁行くと、船坂六甲の頂上に達する、其頂に
は白山権現祠があるとのことゆゑ、行つて見た。小さな石の祠であるが、
ど
三人僅かに膝を容れ得る拝殿がある。僕等は怎うしても一夜を其の御加護
もと も
の下に過ごさねばならぬ運命を有つてゐるのである。白山権現とは死の神
しん じん しん
であらうか、神は尽なり進なりで、古賢の所謂形動いて形を生ぜずして影
ひゞき む
を生ず、声動いて声を生ぜずして響を生ず、無動いて無を生ぜずして有を
生ず。形は必ず終りあれど無には終りが無い。死は有終より無終に入るの
リ ニ ル ノ ニ レ
門であり、老子の所謂「精神帰其門骨骸反其根」列子の所謂「精神離
ヲ ノ ニ ニ ヲ ト ハ
形各帰其冥故謂之鬼鬼帰也」であつて、我等が永遠の故郷に帰る門か
ちよく
のやうな心地もする。不図堂外を見ると、矗々として天心を刺した大樹の
た
下、谷に臨んだ懸崖の端に衝つ立つた後ろ姿はY君らしいが、何かしら蕭
か そこな てんぺう
白が画き損つた菩提樹下の釈尊然たる感じをさせる。枯葉は天に翻へり、
あたり
紫色の夜霧が四辺を染めて、姿を見せずに何鳥か鳴いてゐる。「石崖に小
くちすさ
便すればチンコロリン」、秋水を抜いて来たY君が、こんな妙句を口吟み
つゝ帰つて来たのに徴しても、万象凍る山頂の冷たさ、寂しさが察せられ
ふ ふる
やう。夜の更くるまゝに月も凍つて色蒼く、星は慄えて落ちさうだ。真つ
さなが
白い雪を封じ込めた真ツ黒い峯嶺は宛ら白骨の塔と見えて物凄い。僕の見
る所、一として生気ある物はない、一切の物が死んでゐる。凍えてゐる。
よこた
黙してゐる僕の分身とも云ふべきYMすら鼾もかゝず死体の如うに横はつ
まつご
て仕舞つた。あゝもう地球の末期が来たのではあるまいか。而して僕こそ
最後に残された一人の人類なのであるまいか。
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