Я[大塩の乱 資料館]Я
2015.10.14

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「大塩の乱関係論文集」目次


『最後のマッチ』(抄)
その87

岡田播陽(1873-1946)

好尚会出版部 1922

◇禁転載◇

一〇〇 生ける神殿(2)

管理人註
  

 『ナーニ、白山権現は中斎の所謂大虚、取も直さず易の大極、般若の空々、           のりと               シンボル  法華の神力、神道の祝詞であり基教の所謂福音なるものゝ象徴だよ。し    いづ                          ましやう  かし何れにしても一同の心が六根清浄と洗ひ浄められ、如何なる魘障も                               ど う  も災害を加へることも能きまいと思ふ程の自信が生じないと、如何する       ことも能きないから…………』  あまつ      ふとのりと いざなぎのみこと       たかまがはら        あめのこやねのみこと  天津祝詞の太祝詞伊弉諾尊の宣命にして、高天原の祭主たる天児屋根命  じゆんじ          ぎよう あめのたねこのみことじんだい        こ や の諄辞であつて、神武天皇の御宇 天種子命 神代文字にて書かれし児屋十     ときはおほおうじ          い  なかとみはらひ さゝ 八世の孫常盤大連が漢字に書き代へたと伝ふ中臣祓を誦げることにした。        ニ カムズアリマス スメラガムツカムロギカムロミノ ミコトモチテ ヤホヨロヅノカミタチヲ    高天原爾 神留坐 皇親神漏岐神漏美乃 命以氏 八百万神等於    カムツドヘニツトヘタマヒ カムハカリタマヒテ アガスタミノミコトヲハ  トヨアシハラノ  ミヅホ ノ クニヲ    神集集賜比 神議議多賜天 吾皇御孫尊乎波 豊芦原乃 水穂乃 国於     と誦つて、息をつぐと、    ヤスクニト タヒラケク  シロシシメセト コトヨサシマツリキ    安国止 平久 所知食止 事依奉岐  と、何処からか声がする。  『はてな?』     カ ク ヨ ザ シ マツリ ク ニ チ  ニ アラブルカミドモヲ    如斯依止 奉志 国乃 中爾 荒振神等乎  と続けると、    カムトハシ ニ  トハシ  タマヒ    神問志爾 問志 賜比  と続いて聞える。     あたり  しかし四辺に人が居さうにも思はれない。   ど          い                     こ と  怎うも合点が届かぬ。恐らく僕の心の迷ひであらう。こんな心境では如           けつか ふ ざ 何もならぬと、僕は結伽趺坐して、心気の湛然たるを待つた。斯くして僕                         は独特の契印法に依つて易を断てた。然し「沢天夫の発爻変」を得たので がつかり      ナリ   ムルニ ヲ   ケバ  ヲ    アリト   かうじ 落胆した。「初大壮于前。往不勝為咎」との爻辞が、「ギクツ!」     む ね   つ と僕の心胸を衝いたからである。  『まだ/\僕等の心は昂奮してゐるよ。このまゝ急いで活路を求めやう                        こんな  としても、却つて迷ひ込むばかりである。それに恁麼に暗くなつては、           いつ  怎うにも仕方がない。寧つ今夜は此処で野宿をする覚悟を決めて、ユツ              あ せ         こ と   な  クリやつた方が好いよ、急躁ると飛んでもない破目に陥るから…………』          ふたり        しばらく  僕は易断の結果をYMに告げて、兎に角少時、休憩と云ふことにしたの                    もや        ひだる で、落葉掻き寄せ、枯木をへし折り、火を燃して暖を取つた。空腹くなつ     あたり                        おいし たので、四辺の雪を握つて食つて見ると、飢えたる舌には非常に美味かつ たのである。       め し    「雪団飯に飢をしのぎていたつきを         忘れ果てにし君にもあるかな」                               かどで  気の毒と思つたか、Y君が斯う歌つて僕を慰めて呉れた。これは首途の 時、僕は風邪に罹つて三十八度の熱があつた。それが勇み立つた連日の山               なほ 旅に、何時となく忘れたやうに癒つて仕舞つたのである。  次にM君の口吟、    「岩木分け、かくれし君が跡とへば         松風すごく吹きわたるのみ」  名吟々々と感賞した後、僕は何か出さねばならぬやうな義理合ひになつ たが、生憎何も出て来なかつた。ところが其の松風の松から、自分の敷い てゐる松枝を聯想して色変へぬ真人の心を偲び、又其の霊明遍在を讃嘆す るの余り、耻を忘れて終に斯んな駄歌を唸つた。               ひとは    「折り敷ける常盤の松の一葉にも         君がまことを見てぞかしこむ」                        なご         う た   てん  雪団飯で気ばかりの腹も出来た。鬼神の心をすら和めると云ふ和歌を各 で  くちずさ 自に口吟んだ一同は、やをら起ち上つて再び道無き道を辿り初めた。今度 は心の中に何となく大丈夫だといふ信念が強まる。











諄辞
祝詞、
神道の祭典のとき、
神に奏上する言葉
 


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