Я[大塩の乱 資料館]Я
2015.10.18

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「大塩の乱関係論文集」目次


『最後のマッチ』(抄)
その91

岡田播陽(1873-1946)

好尚会出版部 1922

◇禁転載◇

一〇二 六甲山下のシエリイとバイロン(2)

管理人註
  

                  さが        よ         ほらあな  『ぢや私も度胸を決めませう。帰路を索すことを中止しまして洞窟でも  みつけだ  発見しませう。無論私は今此処で死んだところで残念とは思ひませぬ。                             そこな  打明けて申しますと、私はこれまで三度も自殺を企てゝやり損つたので                 みつけ            れうし  す。汽車往生を行りかけて駅夫に発見られたり伊丹の海に投じて猟夫に  助けられもしました。それと云ふのも虚栄心が強い為に、死に当面しな                       かんがへ           もたげ  がら、余り醜い姿を残したく無いと云ふ如うな考が又しても首を擡るか           ひごろ か  らであります。私は平素彼のシエレーの長詩センシーを愛誦して居りま     おのれ                        たすけ  すが、娘を憎んで、夜な/\之を姦する伯爵なる父を、二三僕の助をか     こ ろ     か             うが            りて謀殺した彼の娘は、最も能く私の心境を穿つて居ると思ひます。実    父を殺しながら天に恥ぢず地に恥ぢざるのみか、寧ろ神人共に憤るこの  深重なる大罪人を神に代りて誅戮したと信じてゐましたが、いよ/\法                             が ば   く ず  廷上に死刑の宣告を受くると同時に爾うした信仰の石崖は俄破と崩壊れ  て、絶望悲憤のドン底に墜落し、この若さ、この美しさで殺される自分     を実に痛ましくも亦悲しむべきかな。と己れを惜むの余り、憐むの余り、                               世を呪ひ人を恨み、呆然自失久しふして遂に「我寧ろ地獄に堕かん!地                   獄に行きて…………然り!地獄に落きて。我が人をもて殺したる彼、我     あ        さ け           ちやう  父に遇はん」と絶叫び出した。激越沈痛の調と電波の如き美的情火を以                              これ  て神を天上より引摺り下し、地獄より呼出した悪魔をして一蹴之を殺さ               ぜん                とも  しむるの彼れシエレーは百年前に私の心を歌つて呉れました。恩怨倶に                        むせ  深きところ、血燃え涙凍り、鬼人泣き、天人来り咽ぶ。其の悲、其の愴、            いだ  絶言亡慮の一境を描き出せし彼のセンシーは私の魂のおのゝきです。百  年前の七月四日、彼れシエレーが最後の日は私の今日かも知れませぬ。    こんねん  私は今年彼れの没年たる三十歳になりますが、何一つ仕出かしたことも        ひと  なく、多くの他に厄介と迷惑をかけたばかりです。しかし名も無く功も              さら  無くして空しく此処に骨を曝すことが、私は寧ろ幸福だと思へて来まし                           つと  たよ。私は神の存在に対する疑惑に導かれて神の理解に力めた為に、全     うしな                 いだ  然神を喪つて了つた私は、父母の愛にも疑惑を抱いて一度異性に走つて    このかた  より以来、異性は私に取りての神でありました。併し爾うした嫉妬の神        おと  は私を地獄に堕して呉れました。私は今此処で恋も怨みも恩も義理も悉                  く捨てませう。元来私は労働も能きぬに、天才無くして生きて居る事は  罪悪であると信じて居るのです。それが私をして死に走らせる一原因か  も知れません。然しそれが私の信仰だといへば信仰でせう。人は、ウオー                   いた  ヅワースに到る前に、而して更にバンヤンの巡礼紀行に達る前に、バイ  ロンの情熱か、然らずばシエレーの深刻味に触るべきだと思ひます。然  し、私は幸か、不幸か、バイロンへ行かずにシエレーに行きました。而  も私は、生きんとして生きも叶はず、死なんとして死にもならず、生死       くぎづ                  そ れ  の分水嶺に釘られて久しく悶えて居ましたが、一躍分水嶺を飛越し得た  ことを、先生に感謝せずには居られません。』

   


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