ぼうひやう
僕は我知らず念仏した。スルト不思議にも怒潮の如うな暴 をすかして
ね か かたじ
鈴の音が何処からか微細く聞えるかの如うな心地がする。「ヤヤ忝けない!」
い
と耳を澄ましたがチーンともゴーンとも聞はない。又例の妄想妄念ぞと、
い
自ら叱して里に出づべき方向を考へてゐると不図また念仏の声がするかの
おか
やうに思はれる。「はてな?」と吹雪と暴 を冐して近づいて行つたが、
矢張り心の迷ひであつたらしい。更に足を進めやうと思ふけれども、ハタ
ゆき につち さつち で つ か
と行詰まつて二進も三進も能きない。疲労れて海綿の如うになつた五体に
し
水気は泌み徹る、寒気は骨が寒気か分らなくなつた。はらへども/\雪は
くわくしやう
全身を鶴裳に仕立てゝ了ふ。泣くにも泣けず、全く途方に暮れ果てたが。
なお
「いづくへと、一筋道の直ければ、踏み迷ふこともなき…………」と誰や
たふ こ まろ
らの句が思ひ浮ぶ。いざさらば斃るところまでと、倒けつ転びつ吹飛ばさ
あぶない ひくみ
れつして、雪に蔽はれた危険山道を低地へ/\と一方面へ下つて行つた。
言ひ知れない困難に堪へ、恐ろしとも恐ろしき険難を冐して、ものゝ十四
五町も来た甲斐あつて、鬼哭愀々の感ある深林から漸つと脱れ出た嬉しさ。
忝けなさ。
『やれ/\』
たまげ へ た ば
と、胸撫で下した刹那「あツ!」と魂消て平太駄らざるを得なかつた。
ひくみ むかふ たかみ
低地の底の対方に険しい高地が行手を塞いで居るからだ。地の果てから果
・・・・・・ はくがい/\
へ亘つた白骨で築かれた死の国の城廓でゞもあるかの如うに、白皚々たる
えん/\
雪の連峰が、夕闇に銀鼠色にぼかされて蜒々と続いて居るからである。
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